中東はアラビア、ペルシア湾に面した砂漠の小国、ドバイ。
それが今、私のいる場所である。
いる、と言っても住んでいるというわけではなく、ただの観光旅行に過ぎない。到着したのは現地時間での今朝方。
眠いとも言っていられない仕事柄、私自身は時差ボケを自覚することもなかったものの、彼女はそうではなかったらしい。つい先ほど、もう日も暮れようかといったところで起きだしてきた少女――ヒナイお嬢様は百面相のように表情を変え、歓声を上げている。
「ねぇアイラ! 凄い凄い! こんな砂漠にこんな街があるなんて、すごい!」
楽しくて仕方がないといった様子で、眼下に見下ろす景色の一つ一つに一喜一憂する。ヒナイ様も奥様に良く似て美しく成長なさっている。もう少し淑やかさを身につけて欲しいと思わないでもないものの、同時にまだしばらくは、こんなやんちゃなままの彼女でいてほしいとも思う。
「ヒナイ様、あまりはしゃぐと疲れて、明日以降を楽しめなくなりますよ?」
私は主人をたしなめる言葉を告げつつも、同時に微笑ましくも思う。
五つほどしか歳の変わらないヒナイ様は私にとっては主人、というよりも妹といった印象が強い。もちろん、公私を混同するつもりはないし、礼節は弁えているつもりだが。
ヒナイ様の方も私のことを姉のように思ってくれているらしく、他のボディガードたちよりも、それどころかご両親以上に懐いている節がある。
彼女のご両親、即ち旦那様と奥様は常に、という言葉が誇張ではないほどに常に忙しい。
私のような若輩の、それも女を世話係兼身辺警護役として雇っているのも、その立場ゆえに同年代の友人を易々と作ることのできないヒナイ様への心遣いからであることは明白。
旦那様が身を粉にして働き続けているのも、ご令嬢であるヒナイ様の招来の平穏を願ってこそのこと。
愛情の形は人それぞれ。旦那様は安定した将来への基盤をとヒナイ様のために粉骨砕身しているものの、当のヒナイ様はというと「仕事にかまけてちっともかまってくれない」と、ご両親の話となるといつも不機嫌になってしまう。
「あのさ、アイラ」
「何でしょう?」
「パパとママは、私のこと、嫌いなのかな?」
この問い掛けは、もう何度目だろうか。
本来ならばこの旅行とて、ご両親の、数年に一度といっていいほどの貴重な休みを使っての久々の旅行となるはずだったのだ。それが仕事の件で急用が入り、ご両親はキャンセル。ヒナイ様と私、あとは数人の警護役だけで来ることになってしまった。久々のご両親との時間に、ヒナイ様も本当に喜んでいたのだが、それだけに落胆も大きかったようで「こんな家もういられない! 私はもう家出する!」と密室で殺されてしまいそうなことを言って屋敷から脱走しようとし、すぐに警護役に捕まったりといつにも増して不機嫌になり、三日三晩は機嫌が戻ることはなかった。
そんな彼女の言動には微笑ましく思うし、慕ってくれていることは何よりも嬉しいことではあるものの、同時に複雑な感情もある。
旦那様の仕事に対する執心はさすがに度を越していると思える部分もあるものの、ご令嬢と時間を共有できないことに対する哀しみは旦那様自身が一番感じているのもわかる。
「いいえ。そんなことはありません。旦那様も、奥様も、ヒナイ様のことを愛してらっしゃいます。ヒナイ様にはまだわからないかもしれません。ですが、それは、少なくともそれだけは、間違いありません」
そうやって、いつも通りのことしか言うことはできない。
それが真実であるとはいえ、それをヒナイ様の歳で理解しろというのも酷な話だ。せめて、彼女の家族の代わりに、一番近くで彼女に接し、守り続けたい。それが私の望みであり、職責。私のヒナイ様に対する感覚がそうなるのも至極当然のことだろう。
「ねぇ、アイラ」
「何でしょう?」
「アイラは、私のこと、好き?」
何度も繰り返された質問だが、ヒナイ様の表情にはやはり怯えの感情が見える。
しかし、あるいは、だからこそ、私は笑って、ヒナイ様の滑らかな長髪を撫でる。まるで犬か猫のように、ヒナイ様は気持ち良さそうに目を閉じる。
「アイラの手、あったかいね」
「ありがとうございます」
いつもと変わらない、言葉の応酬。
何度もこのやりとりを繰り返すのは、ヒナイ様が両親との触れ合いを自身で感じることができていないためだ。一番近しい存在であるはずの両親が、自分に愛を向けてくれない。そう思っているために、私という近しい存在との別離を畏れる。
それはある種の儀式にも似ていて、ヒナイ様がそれで満足するならば構わないと思う。
「ずっと一緒にいてくれるよね? どこかに行っちゃったり、しないよね?」
「……ご安心ください。私はずっと、ヒナイ様と一緒です。いつまでも、どこまでも」
それは私の本心。
いつまで私が雇って頂けるかはわからない。それでも、可能な限りヒナイ様を助け、そしてお傍にいたいと思っている。
「さ、明日に備えて早く寝ましょう。明日はヒナイ様の行きたいところに全部行っちゃいましょう。いくらでも付き合いますよ」
「うん! ……でも明日だけで全部行っちゃったら、暇になっちゃうよ。それに、一日じゃ全然まわりきれないしね。ゆっくりばっちしっかり楽しも! もちろん、アイラもね!」
「はい。もちろんです」
そう言って、ヒナイ様の寝間着を取り出そうと立ち上がると、
「アイラ……」
「はい。なんでしょ……きゃ!」
満面の笑顔で、ヒナイ様が飛び込んでくる。突然の衝撃を受け止めることを諦め、後ろのベッドへと倒れ込む。淑やかさに激しく欠けるものの、旅行に来てまでその程度のことで小言を言うつもりはない。そもそも、何度言ったところで聞いてはくれなかったのだ。無駄であることはよくわかっている。
「アイラ、だーい好き! ずっと、ずっと一緒に居てね」
繰り返しになる言葉に、私は一も二もなく頷いた。私はご両親の代わりになることはできない。だけど、ヒナイ様の哀しみを少しでも埋めることはできるし、一緒に楽しむことはできる。これから一週間の旅行を、ヒナイ様と共に、心の底から楽しもうと、そう口にすることなく誓った。
よもや、あのようなことが起こるなどとは、そのときの私達に、知る由もなかったのだから。
*
部屋がある。
広く、薄暗い部屋だ。
超高級ホテルの最上階、その一フロア分の壁を貫き、一つの部屋としたのがその部屋だった。
その部屋には、多くの人影があった。
白人も、黒人も、黄色人種も。幼子も、少女も、妙齢の女性も。
人種も年齢も、ほとんど共通項のない女性たちに、しかしいくらかの共通するものがあった。
その部屋にいるのは女性ばかりだった。
そして、美しさ。
その場にいる女性たちは、皆一様に美しい容姿を持ち備えていた。
最後にもう一つ、首輪だ。自身の存在が卑しい牝であることを証明し、否が応にも自覚させるための装身具。
それを睥睨するのは純白のスーツに身を包んだ一人の男。
両手の十の指はほとんど見えないほどに大量の指輪に覆われており、胸元を飾るブローチはイミテーションなのではないかと疑うほどに巨大。文字盤にはダイヤモンドを惜しげもなくあしらった金時計。
一般的な感性の持ち主が見れば品性の欠片もない成金趣味と評することだろう。
一見しただけで眉をひそめたくなるほどの脂ぎった体躯と下卑た笑みとも相俟って、好印象を抱けるものはそうそういまい。
男は、この空間において王だった。あるいは、神ですらあった。
そんな男が、薄暗い箱庭の中で注視するのは、映画館を彷彿とさせる巨大なスクリーンだった。
映し出されているのは二人の女性。まだ少女といっていい年頃だろう。
どちらも、その美しさはこの空間にいる女性たちと比較してなんら遜色はない。見たところ姉と妹といった印象だが、その実は大企業の令嬢とその護衛役であることを男は知っている。仲睦まじい様子を見て、男の淫らな妄想は加速していく。純白のスーツの布地は押し上げられ、男の興奮を如実に表していた。
「ふひっ」という下卑た笑いと共に、男の締まりのない口端から唾液が零れる。すぐ横には黒の滑らかな長髪を持った、東欧系と思える妙齢の美女が座っていた。深く胸元の開いたその服装はバニーのそれに近い。尻穴からは尻尾を模した性玩具が仕込まれており、絶え間なく振動音が聞こえてくる。元々は白かったのであろうショーツは女の劣情を表すかのように濡れそぼり、その淫裂のかたちを露わとしていた。男から禁じられているのか、白く細いその指が自身の秘部を触れようとして、止まる。黒髪の美女は男にしなだれかかると、頬を垂れるそれを、まるで甘露でもあるかのように舐め取り、恍惚の表情を浮かべる。それだけで絶頂を迎えたのか、女性は淫らな嬌声を上げる。
それを見て男は満足したようで、興味を失ったように女から目を離すと、視線の先に居た女性に「おい」と声をかける。
声を掛けられた、また男に近付いていく。こちらはというと若い。国が国であればまだ義務教育を受けていてしかるべき年齢に見える。東アジア系だろうか、やや栗色味がかったツインテールの少女が着ているのはセーラー服のようなものだった。彼女自身の容姿もあって、非常に映えるものの、それは本来の制服とは明確に違うものであった。改造制服、などという域のものではない。半透明といっていいほどの薄いそれには、肌を隠そうとするなどという意図はない。ただ牡の興奮を促すためだけの淫らな服装。もちろん、その下にはブラジャーも、ショーツもありはしない。勃起した乳頭とお漏らしでもしたかのようにぐちゃぐちゃに濡れた淫部は剃毛済みなのか、あるいは元々か、一切の淫毛はなく主人の慈悲を求めて淫欲にその口を開閉させるその姿をひけらかしていた。
「失礼します」
少女は男の足元に跪くと、ズボンのファスナーを開け、屹立したグロテスクで巨大な男のペニスを咥え、奉仕を行う。しばらく口淫奉仕を続けた後、新たな刺激をと少女は疑似制服をまくり上げる、現れるのはたわわに実った乳房。男好きする豊乳で男のペニスを包み、奉仕を続ける。
しばらく奉仕を続けると、既に妄想だけで限界に近付いていた男のペニスが爆発した。吐き出されるのは常識的な量を遥かに超える、尋常ではない量の精。あまりの量に、少女は窒息による命の危険すらも感じる。生存本能が思わず口を離そうとする動きを、少女は奉仕快楽への渇望という別の本能によって抑え込む。多く、そして長い吐精に少女はしばらく嚥下を続けていたものの、限界が訪れた。
息をすることもままならなくなった少女はそのまま気を失い、床に倒れ込む。嚥下し切れなかった精液が、口や鼻から流れ出すと、まるで屍肉に群がる死出虫のように、美女たちが集まり、それらを奪い合うかのようにして舐め取っていく。
あれだけの、常識外の吐精を行ったにもかかわらず、男の努張はまるで衰えることなく屹立し続けていた。
「この娘たちは……実に良い」
少女から男の精液を舐め取り終えた女たちや、それすらもありつくことのできなかった女たちは、次こそ自分に声がかかるようにと、各々で考え付く限りの淫らな所作で男を誘う。
そんな様子に、男は自らの全能感を得、いやらしい笑みを浮かべた。
新たな獲物で、どう遊ぶかと思案しながら。
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