第壱話『新天地』
染ヶ谷貞彦、三嶋皐月、千堂梨緒、咲岡彩乃、千堂美樹、朝倉尚美、そして天野細女。
ごく一般的な。そう表現をしても差し支えの無いであろう一軒家が、彼ら七人の住まいとなっていた。
平均的な中流階級の核家族が暮らす家として考えると少々広過ぎると言えなくもないが、七人で暮らすとなると手狭になってくるのも事実だ。
貞彦のみが一人部屋をあてがわれ、皐月と尚美、梨緒とウズメ、彩乃と美樹という部屋割りになっている。
貞彦が一人、というのは最初から決まっており、個人のスペースとできるような部屋が四部屋しかなかったために二人ずつになっているのだが、その構成に落ち着くまでには決して短くない話し合いが必要とされた。
最初に、貞彦が最年長者であり、保護者的立場にある尚美を一人部屋にするべきではないか、と言ったのがよくなかった。尚美を一人部屋にする、ということはその他の六人、男一人に女五人の構成を三部屋に分配する必要が生まれ、その際に自分こそは貞彦と同室に、と五人全員が立候補したのだから手がつけられない。梨緒については愉快犯的なものだったのが目に見えていたし、美樹や彩乃はそれほど激しい主張はしなかったものの、決して退くこともなかった。結局、美樹と彩乃がウズメと術式対決をはじめそうになった時点で、尚美が貞彦を一人部屋にするということで仲裁し、その話は終わった。
次に、では誰と誰が同室になるか、という話し合い。順当にいけば尚美と、昔からの交流のある皐月。姉妹である美樹と梨緒。そして残る彩乃とウズメ、となる予定だったのだが、そこで梨緒が「生まれてからずっと一緒だったのにこんな
「ふぅ……」
一連の流れを思い出し、美樹は既に運び込まれているベッドに体重を預ける。和室派か洋室派かと問われれば美樹は和室派ではあるものの、ベッドであることに不満があるということではない。
貞彦だけが一人部屋であることに恨めしさを感じるほどに美樹は嫉妬深くはないし、彩乃と同室であるということに不満があるわけでもなかった。そもそも、千堂の家にいたときには梨緒と同じ部屋で暮らしていたのだ。加えて、貞彦の部屋については固定の住人は貞彦だけながら、それが一人部屋ではないだろうと確信を持っていた。
というのも、貞彦の部屋は一人部屋でありながら、他の六人が分配して使っている部屋よりも半畳ほど広い。そしてその中で大きな割合を占めているのが、ベッドである。平均的な成人男性の体格だといえる貞彦が寝転んだところで、まだ二人はゆったりと寝れるだけのスペースが余るほどに大きなベッド。家具やその他もろもろを選んで購入してきたのはウズメであるため、要するにそういう意味なのだろう。
「間違いなく行く。絶対に誰か行く」
思いがけず口から漏れていた言葉に、抑え気味に笑う声が横から聞こえてくる。
「そうですわね。必ず毎日……誰かが夜這いに行くことになるでしょう。あるいは、誰もが、ですけど」
同じことを考えていたのだろう、主語が全くなくとも、会話が通じている。ルームメイトとなった彩乃に補足され、美樹は苦笑を交えて頷いた。
悦楽の無双の欠片の一部をその身に宿し、強大な欲望と力を持つ貞彦ならば精力絶倫、ということもできるのだろうが、毎夜毎夜それではあまりにも風紀が乱れる。それは美樹としては認可しがたい。
そうは言っても、それを全面的に禁止、と言えるかといえば、それもまた否だ。皐月、彩乃、そして美樹の三人は貞彦やウズメに受けた陵辱・調教の影響で性欲を極端に肥大させられている。日常生活を送ることも難しいほど、とまではさすがにいかないものの、我慢し続けるのが身体に毒なのは間違いない。ウズメの言うところによれば「我慢し続ければいずれは色情狂にでもなって精神崩壊するんじゃないかな」とのことだ。貞彦の懺悔と決意のあと、ウズメはそれを治すと申し出てきたのだが、三人は全員がそれを拒否した。恐らくは皐月も彩乃も、自分と同じ気持ちなのだろうと美樹は思う。
性欲を抑えることができない。それは貞彦に調教を受けたせいだ。そんな言い訳が自分に、貞彦にできるから、気兼ねすることなく彼に甘えることができる。もしこの身体の異常を治してしまえば、彼に抱かれるのは自分がただそれを望むから、というそれだけの理由しかなくなる。
そしてそれは、何の言い訳も無い相手を自分の意思で、贖罪などと関係なく抱く。つまりはその相手を選ぶ、ということでもある。もちろん、貞彦も贖罪のため、という理由で抱いているのではないのだろうが。
ウズメや梨緒などは性倫理が奔放過ぎるためにそこには当てはまらないが、少なくとも皐月、彩乃、美樹の間ではいつか、貞彦が自分を、あるいは誰かを選んだ時にこそ、その淫呪を解いてもらおうとそんな共通認識があるのだ。
ちなみに身体を弄られるまでもなく快楽に屈服した梨緒と、陵辱こそ受けたものの快楽調教を受けていない尚美についてはそういった症状は無い。
「月のはじめにでもスケジュールを決めておきましょうか?」
「そうだね……うん、本気でね」
彩乃の言葉は冗談のようにも聞こえたが、美樹はそれを真剣に検討することも考えた。三人とも平等に、と考えつつも、ルールを決めなければ微妙な抜け駆けをしてしまうのは間違いない。抜け駆けをされたくない、のではなく、抜け駆けをするというマナー違反を自分が犯さないためにも、ルールを取り決めておく必要があると感じた。もちろん、通年脳内エロ畑のウズメと、貞操観念のあまりにも薄過ぎる梨緒を抑止するという意味も含めて。
「大学生、かぁ」
貞彦と戦い、敗れ、犯され、調教を受け、再び戦い、そして羅刹に救われた。
あれからもう、二ヶ月の月日が経過した。あるいは、まだ二ヶ月しか過ぎていない、と言うべきだろうか。
少なくとも美樹にとって、この二ヶ月はあまりにも濃密で、駆け足で去っていってしまったように感じられた。
「色々と、ありましたわね」
「うん」
美樹は既に大学が剣道の推薦で決まっていたが、貞彦と共に宮並へ来ると決めたため、それを辞退し、受験勉強に勤しんだ。方向性こそ多用なれど、全員が全員、少なからずの苦労を乗り越えてこの場にいるのだ。
関東圏屈指の術士人口集中率を誇るこの宮並は、それゆえに術士の質も非常に高いと言われている。美樹自身、この街の出身である
貞彦がこの街を選んだのはそれが理由だ。強い術士達の中で、自分自身を磨く。そしていつか、自分を救ってくれた羅刹に恩を返したい、と。
「妬けちゃうな……」
「何か仰いました?」
「うぅん、なんでもない」
「そうですか」
美樹も、羅刹に対して恩義を感じていないわけではない。命の恩人でもあるし、それ以上に貞彦を止め、彼を救ってくれたことには感謝している。だがそれと同時に、貞彦が彼女に向ける憧憬の念が、羨ましいと感じることもまた、間違いなくあった。
貞彦に振り向いて欲しい。そう思う一方で、それが叶わないものだと諦めてしまっている自分がいることに美樹は気付いている。貞彦はただ、羅刹を見ている。美樹や皐月、彩乃たちを軽視しているわけではないが、それでもその心の中心には羅刹がいる。
強くなりたい。
美樹は心の底からそう思う。強くなって、強くなって、貞彦の望みを、羅刹への恩返しという願いを叶えてあげたい。そうしてようやく、自分たちはスタートラインに立てるのだと、そう思って。