File No.003


「でさぁ」
「へぇー」
「それじゃさぁ」
 有菜と真白、そして亜莉沙の三人は喫茶店で談話をしていた。表面上、指し障りのない、ごく年齢相応な話をしている彼女たちだが、その意識は完全に別の方向へと向いていた。
 三人の腰掛けるボックス席は、店内にいる男性客の多くの目を引きつけていた。タイプこそ違えど、三人が三人とも目の保養になると言っていい容姿の持ち主だ。とはいえ、その身から溢れ出す淫らな気配は、保養どころか毒ですらあるのだが。
 その中で、一体何人が気付いているだろうか。
 親しげに談話する彼女たちが、エアコンによって快適に保たれた室内にいて尚、異様なほどの汗を流していることに。その息が、不自然に乱れていることに。その表情が、淫らに蕩け切っていることに。
 そして、その指が自らの秘所をなぞり続けていることに。
「ふふっ……」
 有菜は周囲の客の気配・・に神経を尖らせてみる。自分のはらの中に寄生されてから有菜は周囲の気配に敏感になった。いや、その表現は正しくないかもしれない。五感、身体能力、記憶力、思考速度など、様々な能力が軒並み上昇した。それらの多くは、自分のことながらヒトの現界と思えるものすらも超えてしまっている。だが、それに対しては当然であるとも思う。何故ならば、自分はヒトというものを既に辞めているからだ。
 他人に対して、人並み外れたその力を披露するつもりはない。目立つことは有菜の、そしてご主人様の望むところではないからだ。
 ヒトという存在を見下すつもりはないし、嫌うわけでもないが、現状の自分がヒトとは違う存在であるとも、ヒトであったときよりも遥かに幸せであるとそう思っている。ヒトの身では得ることも、耐えることもできない快楽を、好きなだけ享受できるのだ。幸福でないはずがない。
 そうなることを拒んだかつての自分のことを愚かだと思う。もし最初から受け入れてさえいれば、十分、いや、五分は早く、この絶対的な快楽を得ることができたというのに、と。
 小便のように愛蜜を垂れ流す秘裂を掻き混ぜ、物足りなさを感じずにはいられない申し訳程度の快楽を得ながら、周囲の人々の様子が手に取るように分かる。
 有菜たちが汗をかいていることや息が荒いことに気付いているのだろう。一人、二人、心配したように、しかし声をかけるべきかどうかを迷っている男たちがいる。よもやオナニーに熱中しているだけとは思うまい。
 そして、すぐ近くの席に座っている三人組の少年のうち、有菜たちの側を向いている二人は完全に気付いているのだろう。ズボンの中で可愛らしいモノを屹立させ、先走りさえも出ているのが感じ取れる。
 耳を澄ませるまでもなく、彼らの小声でのやり取りが聞こえてくる。
「なぁ、あの子たちもしかしてオナニーしてるんじゃね?」
「やっぱそう思う? そうだよな、無茶苦茶エロい顔してるしさぁ」
「なんかエロい匂いするしな。もしかして企画モノのAVの撮影かなんかかな?」
「いやいや、ああいうのってちゃんと場所とってやるんだろ? ただの痴女だって多分」
「でもめっちゃ可愛いじゃん。もしかして声掛けたらヤれるかな?」
 初心で芳醇な香りは、有菜たちの快楽に羞恥というスパイスを与え、加速させていく。
「あはっ……」
 サービスと言う代わりに、笑みを少年たちへと向ける。涎も出ているかもしれない、と思い、拭っておくが、さすがにそれはなかったようで、代わりに愛蜜が顔にべったりとついてテラテラと光沢を放つ。
 有菜も、真白も、亜莉沙も、三人とも彼らの話声は丸聞こえだ。数週間分のズリネタにはしてくれることだろうことを考えると、喜びと羞恥のあまり軽い絶頂すら迎えてしまう。もし声を掛けてくるようなことがあれば、そのまま交尾をして楽しみ、兵蟲へと仕立て上げるつもりだ。期待に胸を躍らせながら、本来の・・・目的のための会話を続ける。
『それで、わざわざ呼び出した理由はなぁに?』
 口では別の言葉を発しながら、有菜は三人にだけ通じる声ではない言葉で問いかける。
 思念波、とでもいうのだろうか。詳しい原理は知らないものの、知る必要性も感じない。大切なのはそれを使うことができ、便利であるということだけだ。
『ご主人様の勢力を広げるのに、おあつらえ向けな場所を見つけたから、どうかと思って』
 答えるのは、二人を呼び出した亜莉沙だ。やはり思念波を持って有菜の問いに返す。
 彼女たちに寄生している存在が一体いかなる存在なのか、彼女たちは知らない。有菜は他の二人と比べるとまだ知識があるものの、それもおぼろげなものでしかない。だがそれも思念波の原理と同じだ。一体何なのかということなど知る必要もない。自分たちに快楽を与えてくれるご主人様であり、他者に寄生する寄生性の生物であるということさえわかっていればいい。
 寄生体に憑かれた彼女たちの思考の基本原理は二つ。性欲と、繁殖欲だ。その両者は同じように思えて、しかし別のものだ。
 今の彼女たちにとって、性欲とは即ち、食欲であり睡眠欲でもある。牡の他者の精を取り込むことによって、その精力、あるいは生命力とも呼ぶべきものを取り入れる。それらの力は、彼女たちに睡眠という休息を必要としないほどに濃厚で、また芳醇だ。
 寄生体と有菜たちは寄生体と宿主であり、主人と下僕であり、そしてまた同一の存在でもある。完全に独立こそしていないものの、別の存在でもある。右脳と左脳というとまたニュアンスが変わってしまうものの、脳の中で動いている部分がローテーションすることで、起きているときにも寝ているときのような休息を得られている。
 五感の鋭敏化や身体能力はその身体全体が作り替えられたためのものだが、思考速度については寄生体が、それまで自分たちの脳のみで行っていた情報処理をある程度肩代わりしてくれているための上昇しているのだということを有菜は知っている。そして身体を作り替えたりなどするときには、宿主の脳や、その精神が持つ処理能力を勝手に利用しているということも。自分の中に居る存在が、それを教えてくれる。だが、知ったからといってどうなるというものでもない。
『へぇ。それは、どんなところなの?』
 有菜はまだ、さほど産卵をしたというわけではない。というのも、無暗に勢力を拡大させることは危険であると理解しているためだ。
 人目につかないように水面下で広げていく。今はまだ、その下地を醸成する段階なのだ。
 かといって、どういった手段をとるべきかという点について、目ぼしい案が浮かんではいない。慎重にならざるをえないのも、有菜の中の存在が、本能として警鐘を鳴らしているためだ。たとえ一人が発見されても、存在が確認された時点で何らかの処理が行われるのだ、と。だからこそ、慎重に慎重を重ね、万全とする必要がある。
『行けばわかるわ』
 自信ありげに微笑む亜莉沙の言葉に、有菜はそれ以上の問い掛けをやめた。答えを聞くばかりでなく、想像することは大切だ。
 一体どんな場所だろうかと考えていると、少年のうちの一人がたまりかねたかのように席を立ち、お手洗いへと向かった。少年の心の機微を感じ取った有菜はそれに次いで立ち上がる。先を越された二人からは不平を告げる視線が刺さるが、そんなものを気にしてはいられない。
 お手洗いの場所は、丁度店内からは死角になる位置で男性用、女性用に分かれており、まさに丁度良い状況だった。誰も後ろにはいないことを確認してから、有菜は鍵の締まった男性用トイレのノブに手を掛ける。子宮の中から服の中を通って、袖口から微細触手が現れる。それらはピッキング犯も驚きの手際の良さで、静かにドアの鍵を開ける。
 ノブを下げると同時に、有無を言わせぬ勢いで内部へと侵入すると、少年は驚きのあまりか、ペニスを握った手だけは動かした状態で、放心したかのように硬直していた。少年は侵入者の顔を把握すると、その驚きを更に深めたように見えた。そのまま大声をあげられても面倒なので、有菜はぐいと大きく踏み込み、唇を重ねる。初対面同士とは思えない、あまりにも濃厚なディープキス。少年の顔には更なる驚きが積もるも、そこに拒絶の意思は見られず、有菜もこれ幸いと唾液を流し込む。その唾液には媚薬効果、強精効果があるとともに雄性卵も含まれている。
 二ミリ内外の雄性卵は体液に混じり、口から体内を通って僅か五分ほどで睾丸へと到達、そこを中心として身体全体へと支配の根を広げていく。十分もする頃には全身がほぼ完全にその支配下へと置かれる。
 だが、今の少年にそんな外的な支配は不要だ。
「ねぇ、きもちいいこと、したくない?」
 唾液のブリッジを引いて離れた唇で有菜が問うと、少年は油の切れかかったロボットのようにカクカクと頷いた。
 可愛い、といって差し支えのない顔立ちに反して、股間の逸物はなかなかに凶悪なものだった。有菜の唾液によるものも多少はあるだろうが。自身を満足させてくれるであろう存在に、有菜は舌舐めずり。
 前戯などいらない。既に店内での自慰によって、その秘所は充分過ぎるほどに濡れそぼっている。もっとも、今の彼女たちは常に性的快楽を求めており、愛蜜が途絶えること自体がないのだが。
「あ……あの、さっき席で、オナニーしてました、よね?」
 少年の問い掛けに、初心だなぁ、と思いながら、笑みを深める。
「してたよ。それで興奮して、オナニーしたくなっちゃったんだよね? いいのよ、私たちをズリネタにしてくれて。でも、ホンモノがいるんだから、入れてみたいでしょう?」
 有菜の淫らな誘いに、少年のペニスは更に一回り大きくなる。
「は、はい!」
「しーっ、静かに。外に気付かれるとよくないからね……初めてかな?」
「あ……はい」
「筆卸しが私みたいなエッチな子で、残念?」
「い、いえ、そんなことないです。と、とっても、綺麗、ですし、その……」
「ふふっ、お世辞でもありがとう。じゃあ、いい?」
「えっと……はい」
 絶対に駄目とは言わないと思っていたし、もし駄目だと言われてもそんなことを聞くつもりなど到底なかったものの、たまにはこういった趣向も悪くないと思い、聞いてみたのだった。
 許可が降りるや否や、散々に牡を待ちわびたヴァギナが少年のペニスを一切の抵抗なく呑みこんでいく。
 最奥部まで到達すると、本かアダルトビデオか何かから仕入れてきたのであろう情報に従って、壊れた人形のごとく拙い動作で腰を振る少年。
 そのままでは満足できる快感は得られないと思った有菜は自分も腰を振り、少年の動きもまた制御する。しばしの交合の末、少年は声にならない声を上げて、吐精。
「あらあら……もう出ちゃったの? 大きさと量は立派だけど、早漏すぎるわよ」
「ご、ごめんなさい」
「あはっ。いいのいいの。今回はこれだけ。でもまた今度、次は私たちみんなでしてあげるからね」
「ほんと、ですか?」
 少年の質問に言葉ではなく、笑みを浮かべるだけで有菜は解答とする。しばらくすれば流し込んだ卵が孵り、彼も立派な兵蟲となる。姉妹か何かがいれば少し操ってやって、犯させても良い。雄に寄生する兵蟲には生殖能力こそないものの、その体液には強い催淫作用があり、犯された相手は宿主とするのに丁度いい、快楽に蕩けた存在になる。
「さて、と」
 有菜は簡単に身だしなみを整えると、外の気配を探知。誰もいないことを確認してからトイレから退出する。
 席へと戻ると、二人は既に飲み物を飲み終えており、その瞳には情欲の炎が宿っていた。有菜は今しがたの性交で多少なれど発散したものの、彼女たちはそれすらもままならない。今この瞬間にでも滅茶苦茶に犯されたいという願望が手にとってわかる。
「そろそろ行きましょうか」
 有菜が言うと、二人も頷いて席を立つ。
「じゃあ、お金は私が払っとくから、先に出てて」
 寄生される前の彼女であれば、決して真白に対して言うはずのない言葉だが、有菜と真白はそてに関して別段何かを言うこともなく、店外へと出て行った。
 充分以上の小遣いをもらっている亜莉沙は、以前はブランドもののバッグや衣服、ジュエリーなどと支出も多かったものの、現在では一転、そういった嗜好品のたぐいにはほとんど気を向けることはなくなっていた。男を、否、牡を誘うための衣服類やランジェリー、性玩具などといった支出はあり、単純に対象が変わっただけであるものの、以前と比べればその額は微々たるものだ。
 景気良く支払いを済ませた亜莉沙は、二人が待つ店外へと、ゆっくりと歩いて行った。
 少年たちが好色な視線を向けてくるのに対し、小声で「誘ってくれればよかったのに」と不満を口にしつつ。


【前頁】         【次頁】
【書庫入口】