File No.004 : 山都香苗


 稲村順兵は自分の容姿が整った、と評価するに充分なものだと理解している。世の中、顔だけが全てというわけではないが、容姿が良ければ、悪いよりも印象は良いことは多いし、それが重要な要素であることを知っていた。これまでも順兵はその恩恵を多大に受け続けてきた。
「ふぅ」
 そうして今日も、その容姿が幸いして女の子にデートに誘われたのだった。明確にデートとは言われていないが、相手にその気があるのはわざわざ確認するまでもなく読みとれた。
 順兵は外面こそ良いものの、その素行は品行方正というには到底及ばないものだった。それどころか、彼の行動の全てが明るみになれば刑務所への収監は免れないであろうというくらいだ。
 順兵はよく、大黒亜莉沙という同じくらいの年頃の少女と行動を共にしている。亜莉沙は男を付き人のように侍らせ、顎で使う。
 亜莉沙は我儘で気に障る言動も多いものの、金はいくらでも持っているし、顔もカラダも抜群に良い。いずれ薬でも盛ってセックス中毒の肉便器にでもしてしまおうかと思ったことは一度や二度ではない。他の取り巻きの男たちも同じようなことを考えていたということは、わざわざ口に出さずともわかる。
 それに、彼女と行動を共にすることにはもう一つのメリットがあった。これがあったからこそ、取り巻きの誰もが亜莉沙自身への陵辱を実行に移さなかったのだろうと順兵は思う。そのメリットとは、免罪。
 亜莉沙は知り合いの中でも、特に気に食わないと判断した相手に対して容赦のない攻撃を仕掛ける。小学生や中学生がするような、生半可なものではない。彼女の指示によって同級生をレイプしたことは一度や二度ではない。その多くが、亜莉沙本人にこそ及ばないもののかなりの上玉であり、レイプという非合法なカタチでのセックスは背徳感と征服感の両者を満たす最高の娯楽だった。しかも、大黒家の力でいくらそうしたところで罪に問われることはない。亜莉沙さまさまである。
「……ちっ」
 時間になっても、待ち合わせ相手は現れない。軽い苛立ちに携帯電話を握る力が強まる。フレームが軋んだのがわかった。今の順兵の握力はゆうに二百キロを越える。
 ソレは人の進化のかたちなのか。あるいは、人という存在を滅ぼすモノであるのか。
 一瞬そう考えるものの、すぐさまその疑問は打ち消える。考えたくないであるとか、知ってはいけないなどというわけではない。純粋に、順兵の知ったことではないというだけのことだ。
 今の彼は、ヒトという存在から逸脱していた。骨格も、外見も、少なくとも肉眼で見た場合に限ってはヒトとは相違ない。しかし、ソレは確かにヒトではない存在だった。
 筋組織をはじめとして身体中のあらゆる器官が、人間であった頃とは明らかに異質だ。もし今の彼を正確に分析した結果を医者に見せれば、今の彼が人間であった頃と共通するのは好気性の炭素基生物であるという点くらいだと見抜いたかもしれない。それほどに、テルミサリスに寄生された順兵の身体はヒトのそれとは乖離していた。
 しかし、実際にそれが気づかれることはそうそうないだろう。全身の隅々に至るまで、ヒトという姿に擬態した体組織は、現在最先端の科学技術をも騙しおおすことを可能とする。
 彼はソレがシロアリのようなものテルミサリスと呼ばれるに至った経緯も、それどころかそう呼ばれているという事実すらも知らない。
 大切なのはソレを指す呼び名ではなく、ソレが自分にどのような恩恵を与えてくれるかというただひとつの単純なことだけ。
 稲原順兵がヒトではなくなったのはほんの数週間前のことだった。
 いつものように、大黒亜莉沙のお付きのようなことをしていたときのことだ。
 街を歩いていたところ、偶然にも亜莉沙の中学時代の同級生である櫛本くしもと真白ましろという少女に出会った。亜莉沙が彼女のこと目の敵にしていたことは亜莉沙の様子を見ていれば一目瞭然だった。
 亜莉沙は順兵らに指示して真白を近くの公衆便所へと連れ込むと、いつもの通りにレイプするように命じた。
 そこまでは非常識ながらいつも通りと言ってしまえばそれまでのことだった。
 櫛本真白という少女は亜莉沙とはタイプが違うものの、間違いなく美少女と言って良い部類だったし、出るところも出ていた。亜莉沙に目の敵にされたことに対しては憐れみの気持ちもあったが、だからといってその程度は犯さずに済ませる道理とはならない。
 いつも通り、自分の用事のために亜莉沙はその場を離れたが、その後に起きた事態は亜莉沙にとって不測の事態だったことだろう。
 いかにも真面目で清純と見えた真白は処女ではなかった。最初こそそれをからかいつつも犯していた順兵たちだったが、二週、三週と番がまわってきたときにはその様子は変わっていた。
 男たちが真白を犯す、のではなく、真白が男たちを犯す側にまわっていた。
 いつもであればもう射精もできないであろう回数射精しても、まるで萎えることのないペニスに、疑問や訝しさを感じなかったかというとそういうわけではない。しかし、それ以上にあのとき男たちを支配していたのは真白の与える圧倒的な快楽だった。
 真白の子宮内ナカに寄生するテルミサリスはペニスを通して男たちの睾丸に微小な卵を産みつけていた。すぐに孵化したそれらは男たちの全身を、そして脳までも支配下におき、真白の忠実な下僕へと変質させた。
 男たちには、少なくとも順兵には、自分がテルミサリスの兵隊であることに対する不満はない。
 変質した肉体が持つ身体能力は人間のそれよりも遙かに高いものであるし、テルミサリスに寄生された人間の雌はエネルギー源として自分たち雄の精液を求める。宿主とする苗床の判断基準は、雌の場合は美醜を大きな要素ファクターとしているため、寄生されている雌は総じて上玉だ。高嶺の花として犯すことのできなかった亜莉沙も、寄生体の存在のお陰で好きなだけ犯すことができる。
 美しい容姿の持ち主を寄生先に選ぶ理由は単純。性欲の対象として見られる可能性が高く、勢力の拡大や食餌に便利であるためだ。
 また、彼ら兵蟲の寄生体の役割には、新たに寄生させる雌の下地作りというものもある。そのために彼らの体液は現代医学の常識を外れた、魔法じみた域での催淫性を持つ。自慰の仕方を知らないような初心な雌でも、ストローについた唾液を間接キスで口に入れただけでもその場ですぐにトイレに駆け込んで自慰をはじめるほどの恐ろしい効果だ。
 この寄生生物にテルミサリスという呼称を与えた国際自然科学研究局International Natual Science Laboratory――通称INSLならば「まず薬物や外部干渉によって神経に快楽を与える一段目。その上で快楽によって蕩け、弱化させられた精神の防護壁を破り、精神を介して肉体へ、脳へと深い影響を与える、本来とは逆のアプローチの二段目。その二つを組み合わせた二段重ねの術式・・」とでも解析することだろう。
 そうして快楽を精神の深層に刻み込んでおけば、苗床は完成。自分から快楽を得るために産卵を受け入れ、更なる快楽のために牡を、牝を犯し、仲間を増やしていく。
 目についた適当な女を犯しても罪に問われないどころか、被害者は悦んで腰を振り、更には寄生体を身に宿した牝を幾らでも抱けるのだ。不満などあろうはずもない。
 シロアリに似たものテルミサリスの名の通り、テルミサリスはシロアリと同様にカーストを持つ真社会性の生物である。
 女王蟲と王蟲を中心に、有翅蟲、職蟲、兵蟲と分かれるが、このうち雄に寄生したものはすべからく兵蟲となる。これは雄には子宮が存在せず、卵を体内に形成するために必要とする肉体の変質が大きく、雌の宿主を使った方が効率的であるためだ。といっても、雄にしても雌にしても、生物学の常識を鑑みれば似たり寄ったりな程度に異常な変質といえるのだが。
 雌の宿主に寄生したテルミサリスはそのほとんどが職蟲となる。コロニーの中核を担い、その拡大を行うカーストである。職蟲は宿主の子宮を、寄生個体が雄の場合は精子を、雌の場合は卵子を、それぞれ生成できるように改造する。
 子宮内部から外部に表出する性器は、どちらもペニスに似た見た目をしているものの、寄生体の性別によってその用途はまるで別のものだ。
 雄職蟲の外部器はそのまま交尾器ゲニタリアであり、要するにペニスだが、雌職蟲のものは産卵管、新たな苗床に卵を産卵し、寄生させるためのものだ。
 兵蟲の役割は外敵との戦闘と、宿主となる苗床作りである。兵蟲の宿主となった雄は射精という行為自体は可能だが、精子自体を作ることができないため、正確には射精とは言えない。精子の代わりに吐き出されるのは催淫液である。
 シロアリであれば生殖階級は女王と王、そして分巣の際に新女王となる有翅虫に限られるが、その点はテルミサリスは異なっている。
「ごめ〜ん」
 そんな声に視線を向けると、一人の少女が順兵の方へと向かってきていた。
 名前は何だったろうか、と一瞬の思案の末に山都やまと香苗かなえという彼女の名前を辛うじて思い出す。
 今の順兵にとって、相手の名前などというものは関係のないものでしかない。容姿と、あとは膣の具合程度しか興味を惹かれる点はない。前者については有名雑誌で読者モデルをしているだけあって、十二分に合格の域。後者に関してはあとで調べるつもりである。
「待った?」
「うぅん、全然。今来たところだよ。待たせちゃったら悪いなって思ってたんだ」
 苛立ちを隠し、口から出まかせを吐き出す。
 順兵も、時折読者モデルの仕事を引き受けている。そこで出会ったのが彼女だった。
 別段、彼女に執着があるわけではない。適当な苗床を作っておこうと思ったときに、一番最初に目についたのが彼女だったというだけの話だ。
「じゃあ、行こうか」
 香苗が頷いたのを確認して、順兵は歩き出す。
 どこから見ても、似合いのカップルと見えることだろう。しかしその内面は、ごく普通の少女と異形の怪物というまるで違うものである。
 彼らを見る街の人々はおろか、香苗も、よもや順兵が混じり気のない性欲のみを自分に向けているとは夢にも思ってはいまい。
 しばし、香苗がウィンドウショッピングをするのに付き合ってから、当初の予定通り順兵は香苗と共にカラオケボックスに入る。
 理由は勿論、彼女を犯し、快楽に思考を蕩けさせた苗床を作るためだ。
 だが、そのような気配はおくびにも出さない。香苗は早速、リモコンを操作して曲を入れる。最近流行の、女子高生のユニットの曲だった。
 香苗はなかなか歌が巧かった。表面上はそれを褒めるように、表情を変えておく。しかし、順兵の本心はそんなことを気に留めてはいない。
「そろそろ頃合いか」
 小さな呟きは熱唱する香苗には聞こえてなどいない。
 言葉とは裏腹に、順兵はタイミングを図っていたというほどのことではない。
 テルミサリスに寄生され、極限まで引き上げられ人の域を逸脱した順兵の感覚器は、あくまで一般的に認知されている生物の中でと限定するならばあらゆるものを上回る。カラオケの個室という密室に五分。それだけあればまだ薄いとはいえ、香苗の発する牝の匂いを充分に感じ取ることができる。
 つまり、堪えることを放棄しただけだ。
 一曲を歌い終え、次の曲の入力を促す香苗の唇を奪う。抵抗はあったものの、人知を超えた筋力がそれを押さえつける。
 筋肉が隆起する。シルエットが、人の原型を失っていく。服が膨張する体積に耐えきれず、張り裂ける。人間のカタチに擬態していた、本来の姿が現れる。全身がキチン質の甲殻に覆われたその姿は、昆虫人間と表現するのが最も妥当なところだろうか。
 恐怖と混乱に絶叫を上げる香苗だが、防音性に優れたカラオケボックスの個室内ではそんな声が外に漏れることもない。
 そこだけは人の形状を保ったままの口から、唾液が流し込まれていく。香苗は嫌悪感にそれを吐き出そうとするものの、ある程度は呑み込んでしまう。
 効果はすぐに現れた。身体が異性を求めて火照り、疼きだす。思考が蕩け、混乱する。
 順兵は拘束していた腕を解くが、香苗はもう逃げ出そうとはしない。それどころか、化物が目の前にいるというのにも関わらず、胸を揉みしだき、下着の中へとてを入れる。くちゃくちゃと、淫らな水音を立てながら、発情した牝は自慰を始めた。
 その様子に催淫液の効果を確認した順兵は、満足げに笑みを浮かべる。
 凶器とさえいえる巨大で硬質なペニスが屹立する。既に焦点が定まってもいない香苗の視線が、それを確認する。
 それを悟ったのは本能なのか。圧倒的な牡を感じ取り、山都香苗だった牝は先程までの嫌悪感など完全に忘れ去り、牡棒へとしゃぶりつく。吐き出されるのは特濃の媚毒。最高級の麻薬を使ったところで決して得ることのできない多福感が香苗の思考を覆っていく。
 快楽。ただひたすらに思考を埋め尽くす性欲と悦楽。
 微かに残っていた理性は、逞しい牡性を、愛蜜の湖と化した秘裂へと突き入れられた瞬間に霧散、消滅した。
 こうしてまた一人の人間が犠牲になり、一匹の牝が生まれる。


【前頁】         【次頁】
【書庫入口】