駅前広場。
本来ならば、この街で最も人通りの多いはずの場所だが、道行く人はまばらどころか一人もいない。
当然だろう。
今、ここは戦場となっているのだから。
向かい合うのは五つの影、一方が一、もう一方が四。
一の方を、言葉に表すならば異形だった。おおまかな骨格は人間のそれに近いと言えるが、その背丈は成人男性の優に二倍はあった。人間どころか哺乳類に留まらず、無脊椎動物や植物の意匠すらも随所に見えるそれは、神話の怪物だと言われれば納得もできる異様。
それに対峙するのはボディスーツに身を包んだ四人の少女だった。
この状況でも尚残る、ガッツある野次馬たちは少女たちの整った容貌に感嘆しつつも、その容姿を捉えることができない。彼女たちが身に纏う《法衣》と呼ばれるボディスーツが彼女の姿を概念的に隠蔽しているのだ。目鼻立ちといったパーツごとを見分けることはできるし、それらを『見る』ことはできる。だが視覚から認識へと繋がる時点でインタラプトされ『
とはいえ、もし仮に顔を完全に覆われていたとしても、彼女たちが女であることは瞭然だった。窮屈そうなボディスーツはそれを隠すどころか、女性らしさを際立たせている。
「いくよ! 《ルナティック・ストーム》!」
緑色のバトルスーツに身を包んだ少女の意志の通った言葉が響くと同時、大地に立つ異形に向けて、狂乱するように不規則な軌道で怪人の周囲を回転し、時に交錯してその暴風で怪人の硬い外皮を切り裂く。
「まだまだ!」
吹き飛ばされた怪人を待ち受けるのは、青色のバトルスーツの少女。弓道の『会』の構えから、
「《フロスト・アロー》!」
凝縮された大気中の水分が生み出した何本もの霜の巨矢が音速超過で放たれる。
霜の矢は異形の手前で一瞬、何かにぶつかったように減速するも、次の瞬間には硝子を割るような甲高い音響と共に、殺到。異形の身からは紅色ならぬ紫の血が吹き出そうとして、凝固する。
「逃がしません!」
声を上げるのは黄の装束の少女。
「《グラビティ・レイン》!」
怪物に向けて、空から純粋な『重さ』の弾丸が連続して降り注ぐ。
異形は苦悶を声を上げ、逃げ出そうとするも重力弾は異形の身体そのものの重力加速度も上昇させていた。
「「「レッド、トドメを!」」」
「うん!」
三人に促された紅衣の少女は、大上段に杖を構え、
「はぁぁぁぁ!」
兜割りもかくやといった勢いで振り落とす!
「《プロミネンス・ピラー》!」
巨大な、さながら太陽紅炎を想起させる圧倒的な熱量の塊が収束された『柱』が、天空から怪人に向かって一直線に伸長。動きを止められた異形は逃げることもできずにその直撃を受ける。
「ギャァァァァァァァァ!」
断末魔の咆哮に次いで、爆音。
また一つ、平和に近付いたことを確認し、少女たちは互いに笑みを交わした。
*
《
誰が、いつ、何のために作ったのかも不明。わかっているのはそれを魔術の適性がある者が身につけることで、精神の無意識領域を開放し、魔法を使うことができるようになることと、抗魔術・対物理衝撃力を上昇させ、他者に対してその素顔を概念的に隠蔽する法衣を展開することができる、という程度だ。
魔術師は世界に対し、自分たちの存在を秘匿し続けていた。公表すれば、個人の先天的資質に大きく依存する魔術の存在は世界を大きく揺るがすことがわかっているためだ。
また、それとは別に純粋に魔術師の数が少ない、という理由もあった。かつては魔術の名家と呼ばれていた家系も代を経るごとにその性質を薄れさせていった。
そんな中、世界を揺るがしたのは一人の天才、あるいは天災の存在だった。
少年。そう呼んで差し支えない年齢の『彼』は、生まれたその時に母の命を奪った。あるいは、命を喰らうことで生まれてきた。
その少年は、魔術師の家系に生まれたわけではない。少なくとも、現代においてはごく普通の家系でしかなかった。
先祖返りとでも言うべき遺伝形質の顕在化。それに加えて悪魔に憑かれた、とも言われている。
兎角『彼』は生まれたその時から孤独であり、異端だった。それから『彼』の消息は不思議なことに誰もが知らない。どこかの魔術師が育てていたという話もあるが、定かではない。
十数年後、少年となった『彼』は再び世に現れる。親に名前を貰うこともできなかった『彼』は、自身を『アジ・ダハーカ』と名乗り、その卓越した能力とカリスマ性を持って民間企業から国家、マフィア等、ありとあらゆる業種の様々な組織を吸収し、魔術結社《アンラ・マンユ》を結成し、世界征服という絵空事としか思えない目標を掲げ、侵攻をはじめたのが一昨年。
そこから更に一年。
相沢結、高梨浅海、茂田優佳、渡部涼香の四人は、ほんの偶然から四機の《精霊騎巧》を手に入れ、精霊戦隊ディバインシスターズとして《アンラ・マンユ》と戦いを繰り広げてきた。
先程、行われていた戦いも、その一つだ。
ディバインシスターズはアンラ・マンユの差し向ける怪人のことごとくを倒してきた。結成からこれまで、一度として敗北も、苦戦の経験すらない。油断があったのは事実だ。
だからこそ、と言うべきか。
彼女たちはそれが偽装であることを見破ることができないどころか、疑うことすらもなかった。
*
ディバインシスターズがアンラ・マンユの怪人との戦いをはじめる数十分ほど前。
そこは今、この瞬間に限れば、一種の異界であると言っても過言ではなかった。しかしそれは、決して特別なものではない。
期待と熱狂。二つを中心とした様々な感情が第三者の視点で見ても明らかなほどに、この場には充溢していた。
それがこれからはじまるライブの主役であり、今、若者を中心に絶大な支持を集める四人組のアイドルグループの名前である。
会場を包み込む熱気は彼女たちのファンのもの。集まったファンの数は百人。これは彼女らの人気を表しているのではなく、このライブのチケットの枚数がそれだけに限られていたためだ。
男女比は四対一。おおよそ、ではなく八十人と二十人。女性ファンもいないわけではないが、比率的には圧倒的に男性ファンが多いはずのFairy taleのライブにしては奇妙、あるいは異常であるものの、そこにある作為を気にかける者は、この場にはいなかった。
満を持して、眩いほどに強い光を背後に四人の少女たちがステージに現れる。
その衣装はグループ名の通り、妖精をイメージしているのであろう。薄手の、ネグリジェのような生地で多くの部分を作られたそれは、不思議なことに高い露出度に反して淫猥さを感じさせず、どこか幻想的な、まさしく妖精のようにも見えた。
――オォォォォォ!!
叫びにも似た狂熱が空間を支配し、
「え?」
一瞬にして消え失せた。
少女たちの前方、ステージの中央前寄りに、突如として人影が現れたからだ。
それを、ライブの演出であるとそう思った者もいたのかもしれない。だが、ほとんどの者は突然の出来事に対する驚きで、その動きを止める。観客はもちろん、主役であるFairy taleの少女たちもまた、動けずにいた。
現れた細身の人影はマントを纏っていた。出てくる舞台を間違えたのではないかと思えるほどに、その姿は吸血鬼か、あるいはオペラ座の怪人を想起させるものだった。
「なん、なの?」
端整な顔立ちをしたマント姿の男に向けて、最初に口を開いたのはFairy taleのメンバーの一人、秋穂だった。人一倍、気丈な彼女は幼いながらも確かなプロ意識をもって、自分たちのライブを邪魔した異分子に、怒りを向けて歩を進めていく。
「ちょっと! 何のつもり? 一体どこから……」
男のマントが、風もなく翻る。
続けられるはずの少女の言葉は、そこで途切れた。
「ぁ……ぅ……」
強い意思を感じさせたその瞳は、焦点も合わせずに虚空を見つめていた。
そこまでいって、観客たちもようやくそれが異常であるということを認識したのか、会場から逃げ出そうとする。
絶叫、狂乱。先程とは異なる、大きな感情の渦が会場に満ちていく。
ぐちゅり。
文字にすればそんな擬音となるであろう耳障りな音を響かせて、逃げようとする人々の先頭に立っていた男の首から上が爆ぜた。
再びの静寂。
そこには一人の少年が立っていた。十代前半にしか見えない、幼さのある無邪気な笑みを浮かべたまま、血に塗れた右手を下ろす。
魔人アジ・ダハーカ。その姿を見て、誰もがその名を思い浮かべた。同時に、自分たちが下手に動けば、すぐさま目の前の血だまりに倒れる男と同じ末路を辿ることになるのだということも、また悟る。
極度の緊張に、一人の男が叫びを上げ、爆ぜる。
それだけで充分だった。観客たちは最早、恐怖を表すこともできず、その場にただ、立ち尽くすしかなかった。
「な……」
ステージの上でFairy taleのメンバーの一人、恵果が恐怖に声を上げる。その小さな声に反応したかのように、マントの男が恵果に近付いていく。動くことすらもできないでいる彼女の前で、マントの男は止まる。再び翻るマント。恐怖に満ち満ちた恵果の表情が一瞬、マントに隠れ、もう一度見えたときには、秋穂と同じ、焦点の合わない視線でどこかを見ていた。
「……さて」
男の外套が揺れると、残った二人、久乃と泉美の瞳からも光が失われた。
*
「お、おい、外に連絡を……」
「無粋」
異変を感じ取ったスタッフたちの動きは、つい今までステージ上にいたはずのマント姿の怪人――ワスプによって凍り付いた。
意識はある。感覚もある。しかし、まるで身体が動き方を忘れてしまったかのように、動かない。
「少女達の淫らな舞踏、それを邪魔するとは無粋極まる。それでも日本人か?」
訝しげに問い掛けるワスプの背後から『尻尾』が屹立していた。
先端には注射器を思わせる一本の針。名の通り蜂のように見えるそれは、あるいは見方によっては電子機器のケーブルのようにもとれる。
「日本人は
近い者から順に、ワスプは『針』をスタッフの首へと突き入れる。刺された男はその表情を弛緩させる。刺しては抜き、次の得物へ。その場にいた十数人の男たち全員の『処理』が済むまでに数秒とかからなかった。
「ぅ、あ……」
さながらB級のホラー映画に登場するゾンビのような、声にもならない声を上げて男たちはゆっくりと立ち上がる。それを見ているものがいれば、一糸乱れぬその動きは、ゾンビというよりもむしろ、機械仕掛けの人形のように映ったことだろう。
怪人――ワスプの元となっているのはVoodoo waspと呼ばれる蜂である。ブードゥーワスプは獲物の脳に針を刺し、神経系を麻痺させることで獲物の鮮度を保ったままに幼虫の餌とする。哀れな獲物は逃げることも抵抗することもなく、幼虫に食われていく。そんなブードゥーワスプの生態に着想を得たのがワスプ。彼の体内を循環する生体ナノマシンは注入された相手の体に魔術的な干渉を与える媒体となる。男たちは体を、脳を、支配され、組み替えられていく。
立ち上がる、という一つの行動を終えて、男たちは次に自分が何をしようとしていたのかを忘れて痴呆のように首を捻る。
「折角のお祭りだ。貴方たちも楽しんでくるといい」
ワスプの言葉に、男たちは自分たちが何をしようとしていたかを《思い出し》た。自分たちの唯一の行動原理を。
「犯す」
口に出したのが誰だったのかはワスプにもわからない。わかる必要もない。それは彼ら全員の共通認識なのだから。
恐怖や驚きに満ちていた表情は、部屋中を見渡しても一つとしてない。あるのはただ、下卑た笑みのみ。
スタッフだった男たちは、自らの行動原理を果たすために、ゆっくりとステージに向かって歩き出した。
*
「みっなさーん!」
凍りついた空間に、少女の澄んだ、よく通る声が響いた。
この惨劇の場においてあまりにも場違いなその声を、そこにいる観客たち全員がよく知っていた。
ステージ上で至極幸せそうに笑みを浮かべる、その声の主は秋穂だった。
「ステージの方に戻ってきてくださーい♪」
驚きに、誰もが動くことができない。動けば殺されるのではないか、そんな恐怖があるのも間違いないが。
「主役の一人がお呼びだよ」
魔人の言葉は優しげなものだったが、そこに『行け』というメッセージが込められていることに気付かない者はいなかった。
観客たちは皆、ほんの十分程前と同じように、ステージの前へと詰め掛ける。
それを見て、満足したように秋穂は微笑む。すぐ横には久乃と恵果、そして少し離れたところに外套の男の姿もある。
「えっとねー。一番前の赤いシャツのあなたと、その隣のメガネのあなた、それとそっちの緑色のリュックのあなたちょっとステージの上にあがってきてくださーい」
指名された男たち三人は、三人が三人とも、前後左右どこから見ても好意的な印象を与えがたい、脂ぎった容姿の持ち主。一体何が何だかわからないといった様子ながらも、指示された通りに壇上へとあがる。
「じゃあー。あなたたちには今から私たちとー、セックスしてもらいまーす」
告げられた言葉がなんなのか、男たちも、それ以外の観客たちも理解することができなかったのだろう。
「え……? え?」
唖然とする三人に対して、三人の妖精たちは微笑みと行動で返した。
秋穂は赤いシャツの男に濃密なキスを、
久乃はメガネを掛けた男のズボンに手を入れ、撫で回し、
恵果はリュックの男の前まで歩いていくと、腰を下ろし、清楚なデザインの下着をずらして自らの秘部を露にする。
彼らはそれぞれ、三人のファンだった。それを見分けたのは彼らが持つ色違いのサイリウム。自分の意中の妖精たちのみだらな姿に男たちが動きをとれないままに、少女たちは手持ちぶさたとなっている手で自分の胸や淫裂をいじり始めた。
最初に動いたのはメガネの男だった。自分でズボンを下ろし、勢いのままに恵果を押し倒す。ロクな前戯もないままに挿入するが、既に彼女の秘裂はあふれんばかりの淫蜜によって濡れそぼっていた。痛みを訴えるどころか、早く動いてと催促すらはじめる。
それを皮切りに、他の二人も我慢の限界を超えたようで、行為におよびはじめる。それどころかステージの下にいたはずの観客たちも、相伴に預かろうと壇上にあがってきはじめている。
女性たちは動けずにいたものの、裏方から現れたスタッフと思しき男性らに組み伏せられ、犯される。最初は抵抗していたものの、次第に意思を削がれ、狂宴の一部となっていく。
生体ナノマシンを生体、と呼称するのには理由がある。微細粒子である生体ナノマシンは、その名の通り、それぞれが生きているのだ。
古くより、魔術の媒体には骨や髪などといった、生物体の一部、あるいはその欠片を用いられることが少なくない。それは元々、生物の一部であったために、霊的な存在――霊質を流し込みやすいためである。
ただし、生体ナノマシンは純粋な生物とはいえない。生物が必ず持つはずの、精神核と呼ばれる存在の核がないためだ。それゆえに生体ナノマシンは自ら生命力を生み出すことができず、ワスプからの供給が途切れると、すぐに死滅してしまう。自身で代謝を行わず、宿主の代謝系を利用して増殖するウィルスの方がむしろ近い。
対象を同時に洗脳するためには高い並列処理能力が求められるため、千、万という大規模な数に対する洗脳には向かない。そもそもこの場にいる百人相手であってもワスプにとっては本当は荷が重い上、この魔術はワスプの持つ精神特異性――属性――に強く関わるものであるために他の術者には扱えない。
それにも関わらず、この状況を生み出すことができているのはひとえにこの場が魔術的に加工された『儀式場』であるためだ。
霊的な存在の状態を変化させることで魔術の浸透を容易にする技術。古くに大陸より伝わったもので、一般には『風水』として知られているものも原理は同じである。
生体ナノマシンは相手に長く寄生し続ける必要はない。脳や精神、肉体を内側から改造し、隷属させてしまえばあとは消滅してしまってもいい。
同時洗脳が困難であるならば、一個体に対する洗脳速度を極限まで上昇させ、同時ではなく順次、洗脳を行っていくという力技によって、この淫獄を作り出しているのだった。
今や狂宴に加わっていないのは、たったの二人。マントの男――ワスプと、Fairy taleのメンバー最後の一人、泉美だけ。いつの間にか、出口付近に立っていた魔人の姿はない。彼がおらずとも最早、逃げようとする者はこの場にはいなかった。
泉美だけは体の自由は効かず、うまく動けはしなかったものの、他のメンバーとは違い、意識を失っていなかった。目の前で繰り広げられる淫獄は、彼女に意識を失っていた方が良かったと思わせるものではあったが。
ライバルであり、親友であり、姉妹のようでもあったFairy taleのメンバーたち三人の淫舞を見て、泉美は動けない。アイドル業が綺麗事だけでやっていけるわけではないことを泉美は知っている。自分にはまだ声が掛かったことはないものの、久乃や恵果などは枕営業のようなこともやらされたことがあるということも。
だがそれでも、こんな常軌を逸した中で、淫行に浸る彼女たちの姿は信じられるものではなかった。混乱と恐怖に、泉美の思考はパンクしそうだった。
「さて、私もサボってばかりはいられないか」
言うと、ワスプは泉美を見る。外套の中から、巨大な尻尾が出現する。高速で閃いた尾針が、泉美の纏う妖精の衣を、部分的に切り裂いた。
マントの下から覗いたのは意外にも、ごく普通の人間の体だった。ごく普通、とはいっても腰の付近から巨大な尻尾が生えてこそはいるのだが。
「なんで……」
体の自由が利かず、逃げることもできない状況で、泉美は自分の未来を予感する。理不尽な暴力に、泉美は問わずにはいられなかった。
「なんで、私たちなの?」
ワスプは外套の中から、何かを取り出す。
『それ』は奇怪なカタチをしていた。
脚や胴体など、部位ごとに見れば昆虫などをはじめとした節足動物のそれによく似ている。その一方で、全体的なフォルムは生物としては不適合ともいえるような、無機物的なメカニカルさも備えていた。
テラテラと、濡れたように光を反射する外皮は甲殻類の外殻のように硬そうにも、軟体類の表皮のように柔らかそうにも見える。実際、そのどちらも正しい。
個体でありながらも群体。表面組織を成すナノマシンは互いの結合を変異させることで非均一的な表面の質を作り出している。
ワスプは何の感慨もないと言わんばかりに、それを濡れてもいない泉美の花園へと押し付けると、
「実験だ」
泉美の問いに事務的に答えると同時、躊躇なく貫いた。流れ出るのは破瓜の鮮血。しかしそこに特別な感情を持った様子はなく、ただ作業としてコルディセプスは挿抜を繰り返す。
次第に、身体がそこに快感を感じ始めていることを泉美は理解する。理性は拒絶しつつも、それが生体ナノマシンの効果であることを知る由もなく、肉体はそれを受けていく。
しばしの挿抜の末に、何の前触れもなくコルディセプスは泉美の中へと精を放つ。性経験のない泉美にはわかるはずもなかったが、それは常識はずれと言っても良いほどの大量の精だった。数分にも及ぶ吐精の末、コルディセプスはその定形を崩し、自ら放った精と共に泉美の中へと溶けていった。
「あ、あの……」
観客の一人が、コルディセプスによる泉美の陵辱を無感情に見つめていたワスプに対して声を掛けた。助けようとしてくれるのか、と、救い手の存在に泉美の心が希望に輝く。
「何かね?」
「いや、その、えっと……泉美ちゃんも、ヤッちゃっていいのかなぁ、って」
どれだけ異常な状況であっても、本能は消えない。あるいはこれほどに異常な状況であるからこそ、子孫を残そうという本能が強く働いたのやもしれないし、言うことを聞かなければ殺されるという言い訳が、彼らの倫理を麻痺させていたのかもしれない。
「あぁ、下準備はできている。しばらくは抵抗があるかもしれないが、犯してもらって構わない。安心したまえ、罪に問われることも何もない。責任は我々が持とう」
言い切ったワスプの言葉に、割って入った男は、
「ありがとうございます!」
怪人に礼すら告げて、泉美に襲い掛かった。
何の関係もない一般人にすら裏切られたことで、ただのミドルティーンの少女でしかない泉美の心は壊れた。
自分の内側から語りかけてくる、淫堕の声に全てを委ね、堕ちてゆく。どこまでも、どこまでも。
*
ワスプの生体ナノマシンは即効性で高い効果を発揮する反面、欠点も少なくはない。複数対象への洗脳を行う場合の並列処理が困難であることに加え、ナノマシンによる干渉そのものは、決して強いものではないということである。
人間をはじめとした全ての生物には、肉体とそれに対応する霊体が存在する。生体ナノマシンは霊体に作用することで、因果の糸で繋がった肉体へ影響を与え、対象を支配下に置くというものである。
あらゆる存在は、変化に対して抗う停滞力と呼ばれるものを持っている。霊体における脳にあたる精神は、自己の状態を保とうとする停滞力を強める能力があるとされている。つまりは、非生物と比較して、生物は魔術的な干渉を受けづらいということになる。
それでも何の能力も持たない一般人相手であれば、充分に支配できるものだが、精神のポテンシャルの高い者に対してはほとんどが無力化されてしまう。
つまりは本命のターゲットであるディバインシスターズ相手には全くと言っていいほどに効果がないのだ。
今回、実験対象にアイドルグループ《Fairy tale》を選んだのは、彼女たちの美貌に惚れて、などという理由からではない。もちろん、彼女たちの容姿は特級品。千人いれば、個人の好みはともかく千人全員が彼女らをとびきりの美少女であると判断するだろうというのがあながち冗談でもないほどに。
だが、その真の理由はメンバーの一人である高梨泉美が、ディバインシスターズの一人、ディバインブルーこと高梨浅海の双子の妹であるためだ。精神の持つ形質というものは、偶発的に生じるものもあるが、多くの場合が遺伝によるものである。ディバインシスターズの妹である彼女も、高い精神のポテンシャルを持っていた。実験対象としてこれ以上に優れた素材はない。ちなみに、法衣には概念的な隠蔽機能が働くものの、高位の術者であればそれを見破ることは可能であるし、そもそも彼女たちは怪人を倒すと、魔術的な監視の存在について一切考慮せず、人目をはばかる程度で変身を解いているのだから身元が割れるのも当然である。
精神が持つ外部からの干渉に対する防壁を取り払うためには意識的、無意識的に関わらず、精神的な壁を取り除いてやる必要がある。快楽によって思考を溶かすのもそれが主な理由だ。
即効性を犠牲とする代わりに、多数の個体を魔術的に結束させることで内部を霊的な
実験の結果は精査するまでもなく明らかだった。
洗脳寄生蟲の魔術は生体ナノマシンを改良した魔術であり、その施術者は他者の精神への干渉を得意とするワスプだ。もちろん、生身の状態で使えるはずもない。ワスプには魔術的な
実験動物が如く弄ばれるという意味では、ワスプも彼に操られる者たちと大差はない。そうワスプは思っているが、そこに後悔や不満は一切存在しない。
元々、ワスプは血伝導系の魔術を得意とする魔術師の家系に生まれた青年だった。
彼は生来の悪人というわけではないし、結社に術式への親和性を高めるために肉体改造こそ受けたものの、思考や精神に干渉する洗脳を受けたことはない。
ワスプはかつて、自らの力を陰ながら世のため人のために役立てたい、そう思って研鑽を積んでいた。
ある日、強盗事件に遭遇した彼は、自らの魔術師としての力を解放し、事件を解決した。
だが、魔術に対して何の知識もない一般人は救い手である彼を恐れ、嫌悪した。当時付き合っていた彼女も、誰よりも信頼できた親友も、彼の持つ魔術の力を知って、離れていった。
孤独になった彼は、精神的に追い詰められていった。
そんなある日、魔術結社が世界征服に乗り出すという特撮ヒーローを髣髴とさせる事態が起こった。それに対して不思議な力で対抗する、ディバインシスターズという少女たちが現れた。
魔術を使い、人々を救う。
やっていることはあの時の自分と変わらない。だというのに、自分は恐れられ、同じことをしている彼女たちは感謝されている。
そんな彼女たちに対して、そして異なる態度をとる一般人に対して、ワスプは憎悪を抱き、魔術結社《アンラ・マンユ》へと入ったのだった。