第陸話『挺身』


 意識が浮上していく。
(……ここは?)
 目覚める前の記憶が曖昧だった。
 淡い頭痛に阻まれて、何があったかをすぐに思い出すことが出来ない。
 周囲を見回して、ここがどこなのかをようやく理解。それにあわせて何があったのかを一気に思い出した。
 まるで部屋主の心を表しているかのような空虚な部屋には生活臭というものが何もない。
 あるのは本棚と、そこに収められた様々な本。小説から図鑑から、持ち主の趣味を窺い知ることの出来ない雑多なチョイス。
(これは変わってないんだね……)
 ここは貞彦の自宅だ。昔は毎日のように来ていたのだから間違えるはずもない。
 自分のおかれた状況を確認する。
 柔らかい布団に寝かされた自分が身に着けているのは着慣れた衣服ではなく、男物の寝巻き。
「目が覚めたようね……皐月ちゃん?」
 ほんの一瞬前まで誰もいなかったこの部屋に、その声の主は現れていた。
「天野、さん……」
 皐月は思い出す。彼女によって陵辱されたことを。
 そしてその挙句、はしたなくも快楽をねだったことを。
 思い出して、顔が赤熱するのを感じる。
「可愛かったわよ。そうやって気丈に振舞うアナタも良いけど、いやらしくおねだりをするアナタの方が私は好きよ」
「別にあなたに好かれたいとは思いません」
 そう言い切る皐月の瞳には既に生気が戻っていた。
「嫌われちゃった? 全く……私のモノになればもっと気持ちよくしてあげるのに」
「私はあなたなんかのモノにはなりません。絶対に」
「悔しいけどあれだけやって断られたら、いくら私でもプライド崩れちゃうもん……そんなことよりも、もっと楽しい話をしない?」
 唐突に、ウズメが話の矛先を変える。
「たとえばアナタとサダヒコとの間に、昔何があったのか、とかね」
 淫蕩な笑みの奥にある鋭い眼光が皐月を刺す。
 ウズメがただの淫乱な女ではないことは皐月にもわかっている。それは術式の存在だけの話ではない。その思考も考えなしというわけではなく、考え抜かれた末のものであると悟っていた。
「何のことですか?」
「とぼけちゃって……何もなかったなんて言わせないわよ?」
 皐月はウズメの問いに答える気はない。だがそれでも、巧みな話術でいずれ引き出されてしまうのではないかとも皐月には思えて恐ろしかった。
 そんな空間を壊したのはウズメでも、皐月でもなかった。
「何の話をしている?」
 扉が開き、隣の部屋から貞彦が入ってくる。
 心なしか、その表情は不機嫌そうにも見える。もしかすればウズメの詰問が聞こえていたのかもしれない、と皐月は思う。
 貞彦は睨み付けるようにウズメを見やる。
「別に特に何を話してたわけでもないわよ。ちょっとプライドに傷がついちゃってね〜」
「まぁいい。目が覚めたか、三嶋」
「……うん」
 自分を呼ぶその呼び名に、皐月は少なからずの落胆を見せる。
「ひっくんは、何をしようとしてるの? 天野さんは、ひっくんに何をしたの? 私は……」
「俺は」
 皐月の言葉を遮るように、貞彦は言葉を紡ぐ。
「俺はあの頃の俺とは違う。それは戻ろうとしたところで戻ることはできない不可逆の変化だ」
 貞彦の言葉には重さがあった。
 その言葉の意味がわかるからこそ、皐月はその言葉を重く受け止める。
「あれからずっと、俺は人生に退屈していた。何をする気にもなれず、ただ生きるだけの木偶でくと変わらなかった」
 それは、懺悔の言葉のように皐月には聞こえた。
「昨日、そう、つい昨日のことだ。退屈な、変わり映えのしない日常に嫌気がさして、死のうと思ったんだ」
 だが、と言って貞彦はウズメを見る。
「コイツに出会った。そして、退屈から脱する力を、そして欲望をくれた……生を楽しむために、必要なものを」
「それは、ひっくん自身の意思なの?」
「俺が今しようとしているのは、その欲望を満たすためのこと。女を囲い、犯し、俺の箱庭を作る。誰に強制されたわけでもない、これは俺自身の意思だ」
 確認するような皐月の問い掛けに対して、貞彦は視線を外すことなく、真っ直ぐ答えを返す。
 答えを聞いた皐月は、笑った。落胆するでもなく、怒るわけでもなく、嘲るわけでも、冗談ととったわけでもない。
 その表情に浮かんでいるのはただ一つ、安堵。
「……そっか。ひっくんは、やっぱりひっくんだったんだね」
「は? 何を言い出すんだ」
 皐月の言葉に素っ頓狂な声を上げる貞彦。その様子を見て、貞彦が本当は変わっていなかったのだと皐月は実感する。
(そっか……ひっくんが変わったんじゃない。私がひっくんに、近付こうとしなかっただけ……)
 貞彦は変わっていない。変わったのは、自分と貞彦の距離だった。
 あの時から、思い出を封印するために。
 間違っていたのは貞彦でも自分でもない。そしてどちらも間違っていたのであると。
 だから、皐月はもう退かない。そう決めて、言葉を紡ぐ。
「私は気にしてないから」
「あん?」
「ひっくんとセックスして……無理矢理だったけど、私、嫌じゃなかったから」
「おいおい、何を言って……」
「本当は怖かったけど、昔のひっくんに戻ってくれるんだったらそれで良いと思って。でもやっぱりひっくんはひっくんで」
 まるで決壊したダムのように皐月は言葉を次から次へと続けていく。
 あまりの勢いに貞彦も、ウズメも、それを止めることができない。
「ちょっと待て、内容が支離滅裂で何を言ってるんだか……」
「面白いわねぇ、サダヒコと絡んでた方が、その娘。なんか悔しいけど」
 しばらくおとなしくしていたウズメまでもが面白がって茶々を入れ出した。
「お前はお前で面白がるな!」
「慌てるサダヒコも面白い面白い」
「ひっくんがそうするっていうなら、私はそれを手伝うから」
「……お前、何も考えずに言ってないか? 俺は女を犯し、箱庭を作ると言ってるんだ。お前はその獲物だ」
「わかってる。天野さんにも色々とされたし……本当はひっくんが他の女の子とエッチするのは嫌だけど、そこは我慢するから」
 冷たい言葉にも、皐月は真っ直ぐな視線そのままで貞彦を見つめる。
 その瞳にあるのは決意。誰にも踏み入ることのできない鋼の決意。
「論点が違う。そもそもお前は……」
「私が良いっていうんだから良いの! ひっくん一人じゃできないことだってあるだろうし、ひっくんがやれっていうなら何でもするから!」
「……ふぅ」
 言葉を聞き入れない皐月に、いよいよ貞彦も溜息を吐く。
「なんでもする、と言ったな?」
 急激に貞彦の口調が冷える。
 先程までの、ともすれば心配をしているとも思えるほどの口調ではない。
 対等ではなく、見下した視線と口調が皐月に向けられる。
「うん」
 それでも皐月は物怖じすることなく、頷く。
「ならば今この場で股を開け」
 冷たく、まるでモノを見るような瞳で貞彦は告げた。
「そんなこともできないなら大きな口を……」
 そこまで言って、貞彦は言葉を失った。
 皐月がその指示通りに、衣服を脱ぎ出したからだ。
「……正気か?」
「当たり前でしょ……ほら」
 一糸纏わぬ姿となった皐月は、先程まで寝かされていた布団の上で脚を開く。俗に言うM字開脚のような姿勢。
 既にその秘裂は淫らな期待に潤んでいた。
「……淫らな言葉で俺を誘ってみろ」
「ひっく……え、えっと、ご主人様、えっと……この淫乱の牝まんこをお使いください」
 いやらしく告げる皐月の顔はしかし、羞恥に赤く染まっていた。
 茹でダコでもそこまでは赤くないと思えるほどにその顔は赤い。
「チッ」
 それを見て、貞彦は舌打ちする。
「そこまでする理由は何だ。何のためにそんなことを」
「それは……ひっくんが、大事だから。もう、遠くにいってほしくないから。だからお願い……私を傍に置いて。なんでも、するから……」
「……まぁ、いい。ボキャブラリーは貧困だが、いずれウズメに教えてもらえ。まずは楽しませてもらう!」
 ズボンを緩め、前戯などいらぬと言わんばかりにいきり立った剛直で皐月の秘裂を貫く。
 充分に濡れたそこは容易に貞彦の肉棒を受け入れ、その秘肉で愛撫する。
「わらし、私っ! なんでもするから! だから、だから!」
 叫びにも近い皐月の訴えを聞きながら、貞彦は腰を打ち付ける。入っては出てを繰り返す肉棒が両者に快楽を与え続ける。
 想像以上の快感に貞彦はウズメを睨む。案の定、ウズメは楽しそうに片目を閉じた。
「じゃあ、もし、千堂美樹を犯せと言ったらどうする?」
 ピストン運動を続けながら、貞彦は問う。
「犯しゅ、犯しゅよ」
 快楽の中で、呂律を怪しくしつつも、答えた皐月の瞳は揺るがない。
「……即答か。お前たち、親友じゃないのか?」
「親友らよ? 美樹ちゃんはそう言ってくれりゅし、私もそう思っれ……ひゃぁっ!」
 途中途中に嬌声を交えながら、皐月は言葉を続ける。
「思ってるけろ、でも、ひっくんが犯せって言うなら、わらしはそれに従うよ」
 確かな芯の強さを感じ取ることのできる言葉に、貞彦は嘆息。
「良心の呵責とか無いのかお前」
「ひっくんの方が大事らもん……」
 再び舌打ち。
「……お前の覚悟は理解した。そろそろイクぞ」
「きて! わらしのなかにいっぱいひっくんをちょうらい!」
 皐月の懇願を受け入れるように、貞彦は頷き、次の瞬間、自らの欲望をぶちまける。
 長い長い皐月の絶叫と共に、びくん、びくんと接合部が脈動しながら牡と牝の混合体液を垂れ流す。
 よほど強い絶頂だったのか、皐月はそのままぴくりとも動かなくなる。
「アハハハハハハハハハハハハ!」
「お前は黙れ!」
 手を叩いて大笑いするウズメを見て、貞彦は大きな溜息を吐き出した。


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