第拾参話『散華』
薄暗い部屋の中で、貞彦は彩乃と対峙していた。
といっても戦うつもりなどはない。悦楽の無双が得意とする感覚制御系の術式を用いることによって彩乃の神経系に干渉、首から下を動かせないかのような錯覚に陥らせてその動きを封じていた。
「咲岡……いや、彩乃。一応聞いておこう。何故、俺の邪魔をした?」
「アナタに名前で呼ばれることを許した覚えはありませんが……構いませんわ。当然でしょう。私は術士。貴き者が下賎の者を護るのは当然の義務」
「成程な……」
彩乃が戦うのは正義感からなどではない。本人にしてみれば、それこそが正義感であると信じ込んでいるものの、その実は違う。
その義務感はヒトが愛玩動物を保護するような、上から見下した義務感。それが彩乃が人々を護ろうとしていた理由だ。
自らの優位性を保つために、自身の矜持のために人を護る存在であろうとする。
その行為は、言葉に反してあまりにも卑小だ。
そして、彩乃の言動の全てが、自らの、あるいは咲岡家の術士としての矜持の元にあることに貞彦は気付いていた。
「術士か、そうでないかの間に貴賎の差なんてあるもんかよ」
ここへきて、貞彦は自分が悦楽の無双の欠片の力を授かっていると明かしたことを後悔しはじめていた。
咲岡彩乃という人間はプライドの塊だ。そういう人間はそのプライドを砕くべきだと貞彦は思っていた。
彼女を負かしたことは、少なからず彼女のプライドにダメージを与えている。それは間違いないが、そういう意味で、自身の正体を教えたのはあまり上手くない。
陸上選手が小学生に徒競走で負けたとなればその精神的ダメージは計り知れないものになるが、チーターに負けたというならば仕方がないことだと諦めがついてしまう。
無双という存在は、その欠片の、更にその力を借りている存在にして尚、相手にそう考えさせてもあまりあるほどに強大な存在なのだ。
「……まぁいい」
そう告げて、貞彦は自らの知識を探る。
何かを読むわけでもないが、その行為は感覚的には図書館で情報を集めるのに似ていると貞彦は思う。
あまりに莫大な知識量に知覚加速を展開、無数の情報の中から取捨選択を行い、情報を引き出していく。
目的の情報へと辿り着き、やろうとしていたことが可能であることを確かめると、思考を浮上させた。
「咲岡彩乃。お前という存在が術士としての矜持を拠り所にしているのであれば……」
酷薄な笑みを浮かべて、貞彦は続きの言葉を吐き出す。
「……その拠り所を奪わせてもらおう」
「どういう、意味ですの?」
「そのままの意味だ。額面どおりに受け取ってもらえればいい」
言い終えると、貞彦は彩乃の秘部を隠す下着を取り払った。
「……なにをするつもりですの?」
抵抗を試みたところで、首から上しか動かないのでは何の意味も成さない。
本場の術士であれば迷うことなく術式を使うのだろうが、混乱する彩乃にはそんなアイディアは浮かばないのだろう。
「手始めにお前を犯す。全てはその後だ」
「おやめなさい。今ならまだ……」
「この状況に至って拒否できるとでも思っているのか?」
衣服を脱ぎ去った貞彦の肉棒は彩乃を犯す興奮に屹立を済ませていた。
「汚らわしい。早く仕舞いなさい」
貞彦が予想していた以上に彩乃の口調は落ち着いている。
決して楽観しているというわけでもないのだろうが、その中に恐怖というものを見受けることができない。
訝しげに思いつつも、それを表情に出すことなく貞彦は言葉を紡ぐ。
「さて、自身の純潔に別れの挨拶でも済ませておけ」
屹立した肉棒を濡れてもいない彩乃の秘裂へとあてがう。
「やめなさい」
拒絶の言葉を無視して、貞彦は一息に肉棒を押し込む。
「ぁ、っ」
小さな嗚咽を心地よい伴奏としつつ、貞彦は彩乃の処女を散らす。
純潔を奪ったことに何の感慨も感じずに、自らの快感を得るために挿抜を繰り返す。
愛液は流れ出さないものの、破瓜血が潤滑油となって少しずつスムーズになってくる。
「こんな、男に……」
「こんな男とは酷いな。まぁ、レイプ犯をこんな相手と言わずに誰をそう言うのかは疑問だが」
軽口を言いながらも腰の動きは止めない。
彩乃の方は処女を奪われたショックこそあるものの、貞彦の術式によって破瓜の痛み自体は感じていない様子だった。
反抗の言葉はなく、彩乃はただ瞳を閉じて押し黙る。
「処女喪失の感覚がないというのも可哀相ではあるが、まぁ俺が言うことではないか」
それを見て愉悦の笑みを浮かべつつ、貞彦は腰を打ち付け快感を得ていく。
「皐月も悪くなかったが、お前のも随分と調子が良いな」
その言葉に対する彩乃の反応は貞彦にも予想外だった。
つい今、無理矢理に処女を散らされた者とは思えないような、強い意思を持った瞳で貞彦を捉える。
「……私は、術士です。女などとうに捨てていますわ」
搾り出すような、しかし確かな力を持った言葉が彩乃の口から放たれる。
「だから、こんなことで私の意志を折れると思っているのであれば……」
「何を勘違いしている?」
「何ですって?」
「言ったろう、俺はお前の術士としての矜持を奪う、と」
言い終えて、術式を展開。余剰干渉力が光エネルギーと化して、部屋の中を埋め尽くす。
術式の光は一センチほどの小さな球体となって貞彦の体内へと消えていった。
「何、を?」
「ちょっとした小細工だ。今、俺の精液に特殊な術式を掛けた。これを注がれた相手の術式干渉を封じるように、な」
「な……術式を封じるなど、そんなことができるはずがありませんわ!」
「信じたくない気持ちはわかるが現実を見な。さて、そろそろ……イクぞ」
「や、やめ、やめなさい!」
いきなり取り乱した様子の彩乃を見て、貞彦は笑みを大きくする。
貞彦の肉棒から術式の掛かった術化精液が放たれ、彩乃の膣内へと注がれていく。
何度も脈動し、ありったけの精液を注ぎ込んだ貞彦はふぅ、と溜息を吐いて肉棒を抜いた。
「……これでお前は、ただのヒトだ」
「そんな、こと、あるわけ……」
「なら試してみればいいだろう? すぐに答えは出る」
そう告げて、貞彦は彩乃を術式の戒めから解放する。
体が自由になった彩乃は一瞬、安堵の表情を見せたものの、すぐさまその表情は蒼白に変わる。
当然だろう。それまで拠り所としていた術式という力が失われたのだから。
「な……そん、な……嘘、嘘ですわ、これはきっと悪い夢……」
「残念ながら夢オチというのは随分昔に漫画界の巨匠が禁じ手として以来、めっきり使われなくなった手法だ」
「早く戻しなさい!」
鬼気迫る表情で叫ぶ彩乃を見て、貞彦は嗤う。
「いいだろう」
「……え?」
その答えは想定していなかったのだろう、彩乃は驚いた様子で両目を開閉させる。
「構わないが、条件がある」
「……どうせ、ろくでもないことなのでしょう?」
「無論だ」
このまま、貞彦が自分の奴隷となれ、と命令すれば、恐らく彩乃はそれに従うことだろう。
だがそれは、貞彦の望むところではない。
脅迫という手段自体に抵抗を覚えるわけではないものの、それでは面白くないと思っていたし、何よりも脅しによって味方につけたところでそれは背信と隣合せである。
「……言いなさい」
あくまでも自分から、その意思で隷属させる。そのために、貞彦は条件を告げる。
「明日一日、俺の指示に従え。その上でお互い術式無しでの一騎討ちだ」
「勝ったら、干渉力を返してくださるということですわね? アナタが術式を使わないという保証は?」
「口約束以外に俺にできることはない。そもそも返すという言葉にしてもお前に信頼してもらわないことには話の進めようがない。拒否するならばこのままというだけの話だ」
「わかりました。その条件、呑みましょう」
迷いなく、彩乃は答える。
「……負けた時にどうするのかと聞かないのか?」
「負けるつもりはありませんので」
「可愛げのない奴だ。一応言っておこうか、お前が負けたらその時はお前は俺のモノになれ」
愉快な心境を隠すことなく、貞彦は告げる。
その言葉に、彩乃は初めて見た時と同じ、自信に満ちた表情で頷いた。
*
「なんで?」
居間でスナック菓子を貪りながら、貞彦に問いかけるのはウズメだ。
皐月は今日も貞彦の家に泊まることにしたらしく、先程家に電話を掛けていた。居間は台所に立って夕食の準備をしている。
「なんであの術士の娘を帰したの?」
貞彦は条件を告げた後、すぐに彩乃を解放した。
もちろん、他言無用と念を押した上である。
「なんでも何もないだろう。相手は術士だ。アイツの優生学的な考え方からすれば家が術士の家系であることはすぐにわかる」
「拉致がバレたら全面戦争になるからそれを避けたってこと?」
「戦争をするのも悪くないと思うが、俺はいくら悦楽の無双の知識を引き出せるとはいえ素人だ。勝算の薄い戦いはしたくないし何よりも他に面白いことがある」
「じゃあ、考えがあって彼女を家に帰したってこと?」
「当たり前だ。ただの気紛れや保身で帰したわけじゃない。アイツに掛けた術式には催淫作用も含めておいた。四半日もすれば……な」
「他人のことは言えないけどさ、サダヒコにしてもサツキにしても、どうしてそう媚薬体液とか催淫作用とか月並みなことを言うかなぁ? エロゲーのやり過ぎないの?」
「言っておくがそんなものをやったことはない。まぁ、官能小説や成人向けライトノベルも読んでいたから発想の原点はその辺りだ」
ふぅん、と、ウズメはあまり興味がなさそうに頷く。
「そういえば、術式を封じたって言ってたけど、一体どうやったの?」
あらゆる存在は干渉することで存在している。
たとえば、物質を見ることが出来るのは光を反射しているからだし、空気であっても光を屈折させている。
そのように、いかなる存在であろうと、存在する以上は世界に何らかの干渉を行っている状態であると言える。
そして、全ての干渉には少なからず干渉力という科学的に検知することのできない力が用いられ、干渉力を封じるということは即ち、その存在の消滅を意味するということになる。
詰まるところ、ただ術式を使えないようにするために干渉力を封じることはできない、ということだ。
周囲の環境を変異させることで術式の使用を不可能にする異法域という術式は存在するが、それは個人に対してではなく空間に対して用いる術式だ。その上、非常に高位の術式で貞彦に使うことはできない。
「催眠だ」
「……? あぁ成程。自分は術式が使えない、そういった思い込みを強制的に深層心理に刷り込んだのね?」
「そういうことだ」
術式は精神が潜在的に持つ干渉能力を外界に対して指向性を持って行使する術のことを指す。
彩乃は干渉力が使えなくなったのではなく、自分の意思で指向性を持って行使することが出来なくなったに過ぎない。
しかしそれでも術士という立場は失われる、彩乃に対しては充分過ぎるだけの効果をあげる。
鋭い観察力のある術士であれば、その正体が催眠であることに気付くかもしれないが、彩乃は悦楽の無双の関与によって「もしかしたらそれすらも可能なのかもしれない」という考えと、それに加えて自身が術式を失ったことに対する動揺から気付くことができなかったのだろう。
とはいえ、気付いたところでどうなるということでもないのだが。
「じゃあ、一騎討ちっていうのは? 術式ナシの正面対決でも、男女差を差し引いたところで分が悪いと思うけど?」
「マトモに戦えばそうだろうな」
「あら、正々堂々と戦うんじゃないの?」
「戦うさ。その上で負けるなら仕方がない。他の手を考える。それよりも、だ」
「何よ?」
貞彦は視線を右へと移す。
そこには梨緒が座っていた。だが、それだけならば貞彦も驚きはしない。
梨緒は椅子に腰掛け、うわごとのように卑語を呟きながら触手ペニスをしごき続けていたのだ。時折、その先端から白濁した液体が飛び出すと、触手ペニスは細い触手に姿を戻す。梨緒はそれを舐めとると、またしごき出す。
「おちんぽ、おひんぽきもひぃぃのぉ……」
今の今までツッコミを入れなかった貞彦だったが、流石に無視し続けるには無理がある存在だった。
「……これはどういうことだ」
「ご覧の有様だよ」
「何を言っている」
「んっとね。この触手、対象の子宮に寄生して神経系を同調させます。オチンポとしてもその他の用途としても使えて役立つ上、使わない時は子宮の中に仕舞えるからオマンコの方もちゃんと使えるわ。今なら百グラムで三千円。安いわよ?」
深夜の怪しげな通販番組のような謳い文句をつけてウズメはニコリと笑う。
「買うか阿呆。しかし寄生させたのか、その妙なものを」
「妙なものって……まぁ、妙だけどね。ともかく彼女は快楽の虜よ」
「頭の方は大丈夫なのか?」
「えぇ。今はあの快楽を覚えたてだからあんな感じだけど、もうしばらくすれば落ち着くはずよ。ついさっきまでサツキのことを犯し続けてたんだけどね」
「……そうか」
「一応言っておくけど、方針云々はサツキの考案よ。全く、可愛い顔して悪辣なことを……」
「アイツの性格は昔から歪んでいる。お前がこうも早く気付くことになるとは思わなかったがな。まぁいい、食事前に済ませておくか」
何を、というウズメの問いに答えることなく、貞彦は梨緒と向き合い、焦点のあっていない視線で自慰を続ける梨緒の頬を躊躇いなく叩く。
「いつまでやってるつもりだ」
「ぇ……? ぁ……」
自慰を続けていたという自覚すらないのか、梨緒ははっとした様子で周囲を見渡す。
「あなたは、私をさらった」
「染ヶ谷貞彦だ。人と話している間くらい自慰をやめろ」
「あ……ごめん、なさい」
無意識だったのか、手淫を続けていた梨緒は貞彦の指摘で手を止める。
「……気に入ったか?」
「え?」
「その快楽が気に入ったか、と聞いている。ウズメに聞いたところによると、随分と手荒に皐月を犯していたそうじゃないか」
「あの、えっと、その……」
「恥ずかしがる必要も何もない。そうなるよう仕向けたのはウズメと皐月の方だそうだし、俺もそれを非難するつもりはない」
ただ、と前置きし、
「俺のモノになるなら快楽を与えてやる。どうだ?」
「ぁ……は、はい。お願いします」
さして迷う様子もなく、梨緒は貞彦に頭を下げた。
その瞳は期待を孕んだ情欲に潤んでいる。
「なら、梨緒、お前は俺のモノだ」
「はい、ご主人様」
「とりあえずは……そうだな、食前に躾をしておくとするか。まだ牝の快楽は知らんのだろう?」
「……はい。梨緒のおまんこをめちゃくちゃに犯してください」
「いいだろう」
貞彦と梨緒、二人の肉欲の宴はウズメが乱入し、しばらくして食事の準備を終えた皐月までもが加わり、梨緒の携帯電話に、美樹から心配の電話が掛かってくるまで続いた。
応対した梨緒は何をされたかなどを当然のように告げることはなく、皐月の家に泊まると言って、梨緒も貞彦の家に泊まることにした。
もちろん、皐月の作った食事は、食べる頃にはすっかりと冷めきっていた。