第拾肆話『矜持』
中年の男性教師の説明が耳に入り、そのまま内容を理解することもなく出て行く。
彼女にとって、今更やり直すまでもないような場所でもあったが、そういう意味で授業を聞いていないというわけではない。
全身を覆う性感が、咲岡彩乃を苦しめていた。
板書をとろうと手を動かす、その一挙手一投足だけで、鋭敏化された体は衣擦れに快感を覚える。
危険だ、と、彩乃は思う。
この状態では貞彦との一騎打ちはおろか、日常生活を行うだけでも難儀する。
症状が出始めたのは昨晩から。そのことから貞彦に何らかの細工をされたのだということは想像に難くない。
登校時にも、歩くと下着と擦れて秘部が快感を感じてしまいはしたものの、その他の部位には影響がなかった。
それが三限も終わりかけの今となってはこの状況、症状は悪化する一方だ。
本当ならばこんな状態にある今、早退でもしておきたいところだが、そうもいかない。
術士としての力を取り戻すためには貞彦の言葉に従う他ないのだから。
教師が何を言っているのかわからないまま、三限の終わりを告げるチャイムが鳴るが、彩乃はそれにすら気付かない。
彩乃を正気に戻したのは頭に響く声だった。
『彩乃』
それは耳にではなく、脳に直接訴えかけてくるような声。
音でこそないものの、彩乃にはそれが貞彦からの術式による伝心であるとすぐにわかった。
『四階の女子トイレに行け』
それだけを告げて、無音の声は途切れる。
術式を使うことのできない今の彩乃にはそれを拒むどころか、問いを返すことすらもできない。
全身を襲う快感に思わず声が漏れそうになるが、なんとか抑えきる。
「咲岡さん、大丈夫? 顔真っ赤だよ?」
「何でも、ありませんわ」
不自然な彩乃の様子に気付いたクラスメイトが声を掛けてくるが、気遣いに感謝する余裕もなく彩乃は歩みを進める。
一歩、また一歩と、歩を進めるだけで身体中に走る快感に耐えながら、彩乃は指示されたとおりに女子トイレへと辿り着いた。
「……着ました、わよ」
「咲岡さん。待ってましたよ」
そうにこやかに告げたのは皐月だった。
彩乃達三年生の教室は一階にある。二年生が二階、一年生が三階となっており、四階には理科室や被服室などといった特別教室となっている。
他の階のトイレであれば休み時間中に人の出入りは多いが、四階となるとほとんどない。
彩乃にしてみれば階段を上がるというだけで苦痛、もとい快感であるためこの時ばかりはこの構造を恨んだ。
「こんなところで、何を?」
「えっとですね、これを渡すように言われてます」
そう言って、皐月が差し出したのは男性器を模したモノ――張形だった。
「それをつけてあとの授業を受けろ、だそうですよ」
「なっ……」
流石の彩乃も絶句する。
動くだけでも快感を得てしまうこの状況でそんなものを入れれば、と、考えるだけでも恐ろしくなる。
しかし、だからといって術士としての力を取り戻すためには、そんな理不尽な命令にとて従うしかない。
不承不承に頷いて、彩乃は張形を受け取ろうと手を出すが、皐月はそれを渡さない。
「付けますから、早くお渡しなさい」
「いえいえ、付けてあげます。抵抗しないでくださいね」
そう言うと、皐月は張形を丁寧に舐めまわしてからしゃがみこみ、彩乃のスカートをめくった。
「うわぁ……催淫作用付きって確かに言ってたけど……物凄い濡れようですね。咲岡さん、淫乱の素質があるんじゃありませんか?」
そう言って皐月はいやらしい笑みを浮かべる。
実際、どんなことでも快感を感じてしまう彩乃の秘部は淫蜜で潤み、それが零れてソックスまでも濡らしていた。
反論しようとした瞬間、下着を押しのけ張形を押し込められる。容赦のない皐月の動きで、一瞬にして張形は彩乃の体内へと収まった。
瞬間、彩乃の意識はホワイトアウトする。
崩れそうになる体を皐月に支えられ、なんとか倒れずに済んだ。
「じゃあ、私は戻りますね。咲岡さんも階段とか気をつけてくださいね」
皮肉で返すことも出来ず、彩乃は自らの教室へと戻る。
一歩、また一歩と、進むたびに思考が真っ白に染まる。声をあげるのを堪えるだけでも精一杯で、他の生徒が廊下を歩く休み時間の間は四階から降りることすらもできなかった。
彩乃が教室に辿り着いたのは、授業が始まって二十分以上過ぎた頃だった。
*
時折振動をはじめる張形に、そのたびに気をやりながらも彩乃は四限目の授業を無事に受け終えた。
達した絶頂の数は覚えられたものではないほどだったが、何とか周囲に気付かれることはなかった。
とはいえ、周りの人間が気付いているのではないかと、蔑みの目で見ているのではないかという疑心が晴れることはなかったが。
あとは昼休みと午後の二時限のみ。短いようで長い残り時間に彩乃は溜息を吐く。
このままでは壊れてしまう。彩乃は自分自身に対する危惧を抱いた。
今まではあらゆることに自信があった。そしてその全てを、望むままに成功させてきた。
だが今はどうか、術式という拠り所を失って、それを基盤とした自信までも失った。
このままでは壊れる。咲岡彩乃という存在は壊れてしまう。そんな恐れが彩乃の中に生まれてくる。
そうしていると不意に、また音なき声が聞こえてくる。
『早退しろ』
一言。
それ以降の指示はなく、彩乃はクラスメイトに早退を告げた。
クラスメイトも彩乃の調子が悪いことには気付いていたようで、心配するような言葉をかけてはいたが彩乃に答えることなく教室を出た。
貞彦が何をしようとしているのか、彩乃には一切理解することができない。そもそも、理解しようとするだけの精神的な余裕すらもない。
『プールの更衣室に向かえ』
再びの指示。
この学園では水泳部もなく、冬場は完全にプールは使用されないが、その割には大きすぎるほどのプールが校舎から校庭を挟んで逆側に存在する。
そもそもこんな時期に開いているのだろうかと思ったものの、そんな心配は杞憂に終わった。
壊された形跡もなく、ノブを回すだけで扉は抵抗なく開く。
術式を使えばただの鍵などあってないようなものなのだから。平時の彩乃ならばそんな心配を抱くこともなかったのだろうが、思考が散乱する今の状況では仕方がないだろう。
「こんなところに呼び出して、一体……」
そう疑問に思っていると、声が聞こえてくる。
今度は頭に直接語りかけてくるような念話ではない。
「……ホントに……かよ?」
「で……前も……少し……だと思……から……わざ休ん……来て……ろ?」
「まぁ……けど……」
「別に……マジ……ったら……って……」
扉越しに聞こえてくる声は聞き取りづらいものの、それが男の、それも数人のものだということはわかる。
詳しい人数はわからないものの、少なくとも三人以上はいるのは間違いない。
何故こんな時にこんなところに、などと考えるまでもない。
それに、考えたところでどうすることもできない。
そう思っていると、扉が開かれ男たちの姿が見えた。
数は五人。揃いも揃って決して眉目秀麗とは言えない容姿の彼らは、彩乃の姿を捉えると驚きの声を上げる。
「うわぁ、ホントにいるよ」
「俺、正直冗談だと思ってた……」
「騙されたと思って来てよかったぁ!」
口々に興奮の言葉を告げる男たちのいやらしい視線が彩乃へと突き刺さる。
いつもであれば「汚らわしい」と一蹴するであろう状況でしかし、彩乃はそうしない。
彩乃の視線は五人の隆起した股間へと集まる。
「あ、あの、咲岡彩乃先輩、ですよね?」
五人組の中で一番背の低い少年が問い掛けるのに、彩乃は戸惑いながらも頷く。
「あの、先輩のことを好きにして良いって言われたんですけど、本当ですか?」
「何わざわざ確認してんだよ、そんなことしなくてもいいに決まってんだろ?」
大柄の、リーダー格らしき少年が一歩前に出る。
「でも、もし違ったら……」
「馬鹿、この時期にこんな場所に何もなくて来るかよ! それによく見ろ、マン汁が零れてるじゃねぇか」
「うわ、ホントだ……」
発せられる言葉の一つ一つに彩乃の秘部は反応して涎をたらす。
それを自覚しながらも、拒絶の意思が湧かない自分に対して彩乃は恐怖する。
リーダー格の少年が彩乃のスカートをめくる。隠すという考えも出てこない。
「うわ、バイブ咥えてるぞこのマンコ!」
「マジで? 咲岡先輩憧れてたのに淫乱だったなんて……」
「でもだからこそこんな機会があるんだぞ?」
「そう、だよな」
ごくり、と、全員が唾を飲む音が聞こえてくる。
「お、俺お先っ!」
逸った一人がズボンを脱ぎ、逸物を屹立させて彩乃へと迫る。
「あ、ズリぃ!」
「さっき順番は決めただろ!」
残った五人が焦りからか、上手くズボンを脱げずにいるのを尻目に一番乗りの少年が彩乃の膣から張形を抜き取る。
その時の快感で彩乃は思考を弾けさせる。
「はぁ、はぁ」
荒い息で、自分の屹立をどうにか彩乃へと突き入れようとしているが、なかなか入らない。先走り汁と愛液がローションとなって、つるつると滑る。それだけで彩乃は軽い絶頂に達する。
他の面子も一番乗りは諦めたのか、逸物を勃てながらそれを見つめている。
しばらくして、ようやく膣の中へと浸入を果たす。技術も気遣い何もあったものではないが、彩乃は充分過ぎるほどに快感を得る。
「ぁ……」
少年が腰を打ち付ける。その動きで、彩乃は三度の絶頂を一気に迎える。
何度ものストロークが続き、彩乃の膣へ少年の欲望が吐き出される。再びの絶頂。
別の少年が彩乃を貫き、また幾度なく絶頂を与える。
それが終わってもまた別の、また別の、また別の。
五人全員が終わると、最初に彩乃を犯した少年が再び。
続く。途絶えることない快楽の連鎖に、力を失ったことも、見ず知らずの後輩に犯されていることも、今の彩乃の思考の中にはなかった。
残されたのは快楽。目の前にある快楽のみ。
「ぁは……」
腰を振り、男を誘う。
拙い性知識を振り絞り、手で、口で、乳房で、膣でただただ快楽を貪った。
*
「おい」
呼びかけられて、彩乃は虚ろな意識を覚醒させた。
まとわりつくような精臭に、自分が何をしていたのかを思い出す。
「私、自分で……」
「おい」
「え……?」
「え、じゃない。お前は俺の指示に従った。だから次の行程に移ろうと言っている」
方針気味の彩乃を立たせ、貞彦は更衣室から去っていく。
「水道やガスはマトモに機能するようにしてある。服については下着以外は皐月のものだがそこにある。気にせずに着ろ。タオルも一緒だ」
去り際にそう告げると、貞彦は更衣室の扉を閉めた。
いつの間にか催淫作用は抜けたのか、体は軽く、いつも通りに戻っている。
だが、正気に戻ってみれば、誰とも知れない人間の精液まみれになったままというのは耐え難い。
まずは体を洗おうと、彩乃はシャワー室で湯を浴びる。
沈静化した思考に浮かんでくるのは疑問と恐れ。
自分に対して非道の限りを尽くしてきた貞彦が、何故衣服やシャワーの準備などという心遣いを見せたのか、あるいはこれも罠なのではないかという疑心。
そして、先程の輪姦を思い返して顔を赤熱させる。いかに術式の影響を受けていたとはいえ、自ら進んで快楽を貪ったことは事実。それに対して抱くのは恐れ。
「……私は……」
術式という拠り所を失い、自らを見失いかけた彩乃は、誰に問うでもなく問い掛けた。
答えなどないし、それを期待していたわけでもない。
彩乃は全身を洗い終えると、用意されたタオルで体を拭き、服を着る。卑猥なデザインなのかとも疑ったがそういうわけでもなく、ごく普通の動きやすい服装だった。
全身をくまなく洗い終えてもまだ残る精臭に顔をしかめながらも、彩乃は更衣室から出る。
「あ、よかった。サイズあってなかったらどうしようかと思ったんですけど」
更衣室の扉の前には皐月が立っていた。
「どうして、こんなところにいるんですの?」
「中を掃除しておこうと思いまして。咲岡さんはあっちに、ひっくんが待ってます」
皐月の指差した方向には、その言葉どおりに貞彦が立っていた。
既に月が昇り、生徒はおろか教員もあまり残ってはいないだろう。
彩乃はゆっくりと近付き、貞彦と対峙する。
「ご苦労さん、と言っておこうか」
「アナタは、私に何をさせたかったんですの?」
「お前はただの牝だと、優越者などではないと思い知らせたかっただけだ。他意はない。さて、ルールの説明をしておこうか」
「ルール、ですの?」
「あぁ。純粋な体術勝負で倒した者勝ちじゃあ素人の俺に勝ち目はない。俺が有利過ぎても面白くないが、絶対に勝てないのもまたつまらんからな。これを腰につけろ」
そう言って渡されたのは、よく縁日で売られているような水風船だ。
「一対一、武器は無し、俺は術式を使わない。この風船が割れた方の負けということでいこう」
言って、貞彦は構える。
「いいでしょう。私の力、返していただきますわ」
一騎討ちのはじまりなのだと、呼応して彩乃も構えを取る。
貞彦の構えは隙だらけというほどではないが、それでも素人のそれだ。
それに対して彩乃は何種類もの武術を学んでいる。術式を使わなくとも成人男性をひねるくらい造作はない。
貞彦が小石を拾い上げ、上へと投げる。
落ちた瞬間がはじまりの合図だと、無言のままに了承が降りる。
あと一メートル、あと五十センチ、あと三十センチ、あと十センチ、あと一センチ、そして、石が落ちる。
瞬間、彩乃は動いた。
左を軸足に、大きく右足で地を蹴って、跳ぶ。
着地点は貞彦の右。貞彦が反応し、拳を放つのを避け、反撃、しようとして断念する。
貞彦の動きは一般人からすれば上等だ。何の武道もやっていない者の動きとしては素晴らしいといえる。
だが、彩乃も負けるわけにはいかない。
裂帛の気合を込めて、右足を振り上げる。当たり所によっては死に至ってもおかしくない一撃を、貞彦は右腕で受け止めていた。
「彩乃」
激しく動いているというのに、それを思わせない平坦な口調で貞彦が告げる。
「俺が勝ったら、お前を俺のモノにする」
「そうは、いきませんわよ!」
掌底を打ち込む。しかし上手い具合に膝で受けられ、有効打とはならない。
「術士としての、矜持にかけて!」
「後輩相手に悦んで腰を振っていたお前が、今更プライドなんて言っても説得力はないな」
言葉の刃が彩乃へと突き刺さる。
確かに自分は感じていた。その行為を不快と感じていなかった。もっと欲しいと、快楽が欲しいと、心の底からそう思っていた。
心が、揺らぐ。
「本当に良いのか? 術士で。本当は淫らな牝でいたいんじゃないのか?」
拳を放ち、受ける。
しかしその拳に先程までの力はない。迷いが拳に現れる。
「っ……」
気絶させる必要も殺す必要もない。ただ転ばせさえすれば、貞彦の腰の風船は割れるのだから。
そしてそうしさえすれば、力が戻る。自分はまた術士として存在できる。
そう思い、距離を詰め、足を払う。
綺麗に入った足払いは貞彦の体勢を崩し、ゆっくりと後ろに倒していく。
「俺の負けか、残念だ」
刹那、彩乃の思考に疑問が走る。
本当にそれで良いのか、と。
力さえ戻れば術士の矜持を取り戻せるのか、と。
そもそも、あの牝の快楽と比べて術士の矜持にどれほどの価値があるのか、と。
何が大切なのか。
自分は何が欲しいのか。
今まで疑問にすら思わなかった数々の事柄が、彩乃の中で渦巻いていく。
「わた、くし、は……」
彩乃は決断する。
貞彦の手をとり、後ろに傾いた重心を前へとずらす。
体勢を立て直した貞彦とは反対に、彩乃は自らの重心を後ろにずらしていた。
抗えない重力に従って、彩乃は倒れていく。
体をひねれば、あるいは腕をつけば、抗うことは出来ただろう。
しかし、彩乃はそうしなかった。そのままに倒れていき、腰の風船が割れる。
「私の……負けですわね」
どこか吹っ切れた笑みを浮かべて、彩乃は自らの負けを認めた。