第拾漆話『血縁』


 いつも通りの道を、少しばかり早く出て歩いていく。
 変わらない。何も変わりはしないはずなのに、何かが違った。
 その何かが何なのか、わからないというわけではない。ただ、その違いにどこか心を動かしている自分に疑問を覚える。
 つかず離れずの距離には皐月が、貞彦と皐月との中間付近を、どこか小動物的な雰囲気で梨緒が、貞彦の影を踏まぬようにと前時代的な位置取りで彩乃が、同じ道を歩いている。
「……だからどうして、お前は同じ時間に出てくるんだ。お前らもだ」
 貞彦は、ついてくる三人に向けて呆れにも似た言葉を吐き出す。
 目立たないために早めに家を出ているというのに、こんな大所帯ではむしろ目立ってしまうくらいだろう。
 とりわけ、彩乃は有名だ。そんな彼女がこんな朝早くから貞彦や皐月と一緒に登校しているところを見られれば話題に上がるのは避けられない。
 しかし問題はそこではなかった。彩乃も目的地は同じ、言い訳をしようと思えば不可能ではない。
「梨緒」
「……ひゃ?」
 声をかけられたことに驚いたのか、梨緒はその場で飛び上がった。オーバーなリアクションに梨緒の髪が跳ねるのを見て、貞彦は足を止める。
「……お前はそもそも学校が別だろうが。何故ついてきた」
「え、えっと……」
「ひっくん、それはあんまりだと思うよ」
 答えに窮する梨緒に助け舟を出したのは皐月だった。
「一緒にいたいって気持ちは同じなんだから……ね? 梨緒ちゃん」
「あ……うん」
 少々照れた様子で梨緒は頷く。
「それに、アヤちゃんも」
「アヤちゃん?」
「咲岡彩乃ちゃんだから……アヤちゃん」
「相変わらずお前のネーミングセンスはよくわからんな」
 苦笑しつつ、貞彦は再び歩き出した。
 誰からも会話を切り出しづらい、嫌な沈黙がしばし続き、しかしそれを破ったのは貞彦自身。
「……方向は同じだ。別に来るなとは言わん。お前が構わないならな」
「ぁ……」
 その言葉に、しょんぼりとした梨緒の顔が花開くかのように明るくなる。
「何が楽しいんだかな。まぁいい。邪魔者もいないことだし今後のことについて話しておくか」
「そういえば、これからはどうするつもりなの?」
 どうするつもりか、それだけならば様々な意味を持つその言葉も、この場において意味することは一つしかない。
 やるかやめるかなどと考えるくらいならばはじめからやってはいない。
「私は、ひっくんがどうするつもりでもついていくよ」
「わ、わたくしも。命を賭して仕えさせて頂きます」
「私も私も!」
 悩んだ様子を見せる貞彦に、三人は三者三様の形で同じ意味の言葉を告げる。
 そんな三人の様子を見て、貞彦が感じたのは懐かしさと、そして寂しさ。首を振ってそれを振り払った。
「梨緒、お前の姉を、千堂美樹を、堕とす」
 宣言し、貞彦は三人を見る。
「お姉ちゃんを……」
 梨緒は姉の痴態でも想像しているのか、淫らな笑みを浮かべて股間の擬似男性器を屹立させ。
「それをご主人様が望むのであれば」
 彩乃は決意に満ちた瞳で、躊躇うことなく。
「言ったでしょ。私はひっくんのためならどんなことでもするって」
 皐月は、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて。
 頷いた。
 貞彦の表情から、思わず笑みが零れる。どこか満足げで、それでいて寂しそうな笑み。
「おはよう」
 どこからともなく声を掛けられて四人は一斉に振り返る。
 振り返った先にいたのは一人の女性。見慣れた、というほどではないものの、見覚えのある姿。
 茶色の長髪を振りながら、悪戯っ気のある笑みを浮かべた彼女にはつい数日前に出会っていた。
「蒼海、霞……」
 今の話を聞かれていたのかと、内心で窺いつつも彼女の名を呼ぶ。
 もし聞かれていたとしても、それは致命的ではない。予定は少し狂うものの、彼女もまた悦楽に堕としてしまえばいいだけのこと。それに、改めてそういった目で彼女を見てみてば、その容姿は整っていると言って相違ないものだ。
 一度考えてしまえばむしろ彼女を先に淫獄へと迎え入れようと、思考が移って行く。
「霞、お姉ちゃん?」
 そんな貞彦の思考を遮ったのは、梨緒の漏らした言葉だった。
「お姉ちゃん、だと?」
「えっと……ん? あ! 梨緒じゃない」
 わずかに悩むような様子を見せて、霞は手を打ち合わせる。
 二人の間柄を知らずに疑問符を浮かべる三人を尻目に、霞は変わらないペースで言葉を続ける。
「叔父さん叔母さんと美樹は元気?」
「うん、元気。霞お姉ちゃんの方は?」
「ん。私はいつでも元気だよ。父さんと母さんは多分元気だろうけど、せい葉河ようかの方は間違いなく元気」
「もう何年も会ってないよね。本当、久しぶり」
「梨緒は瀞と葉河の一個下だから……今年卒業式?」
「うん」
「そっかぁ。進学先とか決めたの?」
「一応は決めたけど……」
 矢継ぎ早に質問を続ける霞に圧倒されつつも、梨緒は緊張する様子もなく答えていく。
「知り合い、いや、親戚か?」
 思いついた二人の関係を口に出すと、霞は頷いた。
従姉妹いとこなんだよね。どう? 似てる?」
 その問いに貞彦は首をかしげる。
 二人の容姿は似ていないというわけではないが、他人の空似といわれてもいい程度のものだ。とりわけ、主に胸周りの径辺りは大きく違う。とはいえ、梨緒のそれは美樹のそれと比べても随分と差があるために遺伝云々だけの問題ではないのは間違いないが。
「そういえば、君達ってどういう関係?」
「美樹ちゃんと私が仲がいいから、妹の梨緒ちゃんとも付き合いがあるんですよ」
 皐月がしれっとそう答えると、霞は「そっか」と頷いた。一分の嘘も含んではいないのに、なんとなく騙しているように思えて貞彦は苦笑する。
 霞と梨緒の関係を聞いて、貞彦は思考を巡らせる。どうせ次は美樹を堕とすつもりだったのだから、その前に霞を挟んでも問題はないではないか、と。
 貞彦と皐月の視線が交差する。長年の付き合いはブランクがあれど意思の疎通を可能としたのか、皐月は自然に後ろに一歩下がり、周囲を見回し、頷いた。
 人一人としていない朝の住宅街。
 判断は一瞬。術式の発動を貞彦が望むと、悦楽の無双との繋がりがその意図を汲み取り、組み上げていく。
 組み上がる術式は身体強化のそれ。並列的に発動させた知覚加速の術式が、貞彦の主観から世界の速度を奪っていく。
 彩乃が、梨緒が、干渉力の行使に気付いて振り返る。
 振り上げた腕を、霞の華奢な首筋へと振り下ろす。力の加減はしているものの、意識を刈り取るには充分過ぎるだけの力。
 不意に貞彦が感じ取ったのは、悪寒。どこからともなく生まれた感覚はしかし、一瞬にして消えた。
 吸い込まれるようにして手刀は霞の首へと直撃する。直後、力を失った霞の身体が倒れこむのを一歩前に出た彩乃が受け止めた。
「……ご主人様、これは?」
「霞お姉ちゃんも、するの?」
 従僕二人からの問い掛けに貞彦は首肯で答える。
「千堂美樹を堕とすつもりだったが、予定変更だ。まずはこの女を、蒼海霞を堕とす」
 一息吐いて、
「俺は一度家に帰ってコイツをウズメに渡してくる」
 そう告げる。
 術式を用いて眠らせて、それこそ保健室にでも寝かせておくという手もないわけではないが、その考えを貞彦はすぐさま否定した。
 学校では誰も入ってこない場所などない。寝ている彼女を見つかるのは得策ではない。まぁ、彼女の勤務態度をその言動から鑑みるに、実際に居眠りをしていてもおかしくはないのだろうが。
 そしてそれ以上に気になったのが、一瞬の悪寒。彼女を誰もいない場所に放置するのは危険だと、僅かな間に培われた貞彦の術士としての勘とでも言うべきものがそう告げていた。
「借り物の力を揮っているだけの俺が術士としての勘、か。お笑いものだな」
 小さく、他の誰にも聞こえないような小さな声で、貞彦は自嘲の言葉を吐く。
「お前たちはさっさと登校しろ」
 気を失った霞を受け取り、肩に乗せながらそう命じる。
 貞彦の言葉に、三人が三人、躊躇うような様子を見せ、一番に言葉を発したのは梨緒だった。
 その顔はどこか紅潮している。
「私も一緒に……」
 一人が言い出せば、もはや止まりはしない。
「私も、ご一緒させていただきます」
「じゃあ私も一緒に」
 ダメだ、と一蹴しようとして、三人の熱視線に貞彦は溜息を吐き、受領しようとしてあることを思いつく。
 底意地の悪い笑みが浮かぶ。
「ひ、ひっくん、あの……凄い悪い顔になってるけど……」
 怯えというよりも苦笑に近い口調で皐月が問い掛ける。
「いいことを思いついた。そんなに付いてきたいという言うならば構わないが、一つ条件がある。それが嫌ならばさっさと登校しろ」
「条件って、何ですか?」
「脱げ」
 恐る恐るな梨緒の問い掛けに貞彦は一言で答える。
「家に戻るまで全裸でいろと言っている」
 それが、貞彦の思いついた余興。
「安心しろ、認識阻害くらいはしてやる。見つかったら厄介だからな」
 躊躇いもなく、衣擦れの音が聞こえる。
 最初に彩乃が、続いて皐月が、そして少々迷った末に梨緒が、その一糸纏わぬ姿を露にする。
 いつもと変わらぬ通学路でのその姿は、室内で見るそれと同じであって、しかしその背徳感はその比ではない。
 全員の顔が紅潮しているのは貞彦の気のせいではないだろう。
 貞彦は二重の術式を展開する。認識阻害と、体温の保持。この気温で裸でいては風邪をひくのは明白だ。
「ほぅ……」
 貞彦の視線は股間へと移る。全員のその秘裂が僅かならず湿り気を帯びているのが一目で見て取れた。
 梨緒に至っては、胎内に巣食った触手が、宿主の興奮にあわせて姿を現し屹立させてすらいる。
「全員、道端で全裸になって股を濡らすとはとんだ変態だな……さて、行くぞ」
 そう言って、貞彦は歩き出す。三人の従僕もそれに付き従うが、流石に皐月も梨緒も、周囲を気にしてちらちらと見回している。
 それに対して彩乃だけは、ただ娼婦のような笑みを浮かべて貞彦を見ていた。
 三人の違いを楽しみながら、大通りを抜ける。時間的に人通りはまだ少ないが、それでもないわけではない。
 認識阻害によって気にかけられはしないものの、だからといって安らぐわけではないのだろう。
 信号に差し掛かり、赤信号で足を止める。
「彩乃。梨緒のソレを扱いてやれ」
「はい」
 貞彦の思いつきだけの言葉を彩乃が躊躇いもなく実行する。
「ぁんっ……」
 白く細い指が、梨緒の股間から生えるグロテスクな触手ペニスを掴み、扱いていく。
 それだけで充分な快感を受容しているのだろう、信号が青に変わっても、梨緒はそれに気付いた様子もなくその場に立ち尽くしている。
「彩乃、もう良い。そろそろ行くぞ、このままだと信号がまた赤になる」
 信号機がその色を再び赤に、そしてまた青へと切り替えたところで貞彦は言った。
 頷いて、彩乃は歩き出した貞彦に続く。その指に、掌に、まとわり付いた催淫効果のある先走りを舐め、恍惚とした笑みを浮かべる。
 自失状態だった梨緒も皐月に手を引かれ、横断歩道を渡りきった。
 渡りきったところで、梨緒は足を止める。その瞳は情欲に濡れ、秘裂からは淫らな蜜が零れ落ちるほどとなっていた。
「はぁ、はぁ……」
 幼い、それでいてあまりにも淫らな声が梨緒の口から漏れる。
「あと少し歩けば公園に着く」
 それだけ言って、貞彦は早足で歩いていく。
 その言葉通り、公園にはすぐに辿り着いた。貞彦と彩乃が対峙した公園とはまた別の児童公園。ここも、時間帯もあって誰一人としていない。
「もう、ガマン、できないよぅ……」
 そう呟いて、梨緒が自分で成人男性のそれを上回る大きさまで肥大した擬似肉棒を扱き始めると、擬似肉棒は肥大ではなく伸長へとその変化の方向を変えた。
 まさしく触手そのものというべき形状へと変質したそれは、既に質量保存の法則に従ってはいない。明らかに梨緒の胎内には収まらないほどの容積となった触手の先端を、自分で舐め取りいやらしく微笑む。
 淫靡な空気にあてられたのか、皐月は自らの乳房を揉みしだき、彩乃は自身の秘裂をなぞっていた。
「梨緒」
 笑みを浮かべて、貞彦は言い放つ。
「二人を好きにしていいぞ」
 主人の許しを得た梨緒の触手が、まるで爆発したかのように一瞬で膨張する。
 梨緒に寄生する触手は一本の肉棒で出来ているのではなく、無数の細い触手が絡み合って一本の触手の形をとっていただけだ。幾条にも分かれた触手肉棒はそれぞれがそれぞれ、先程までと同じ、あるいはそれ以上の太さとなって二人を拘束し、中空へと持ち上げる。
 二人も、特段抵抗らしい抵抗はしない。拒むことに意味はなく、受け入れることで自らの望むもの――快楽――が得られるのだと理解しているから。二人の顔に浮かぶのは恐怖ではなく、期待。
 最早待ちきれないと言わんばかりに、鎌首をもたげた触手が二人の秘裂と菊門を容赦なく同時に貫いた。それだけで梨緒は凄まじい快感を感じているのだろう。幸福感に満ちた表情を浮かべる。
 だが、それだけではこの場の誰もが満足はしない。手持ち無沙汰となった触手が二人の口へと入り込む。二人はそれを恋人のモノを愛撫するかのように愛おしげに舐めまわしていく。
「ィ、クッ!」
 声と共に、梨緒は絶頂に達したらしく、無数の触手からまるで噴水のように白濁した液体が吐き出された。特濃の媚薬でもある触手の分泌液を子宮と直腸に注ぎ込まれ、触手に拘束された側の二人は一気に絶頂へと上り詰めたようだった。
 あまりの快感に支えを失い倒れこむ梨緒を、貞彦は支えようとして、よろける。肩に霞を乗せていることもあるが、梨緒から伸びる触手と、その先の二人分の重量が加わっているためだ。梨緒が意識を保っていた時は制御されていた重量も、気絶した今ではそうはいかない。
 寄生触手は満足したのか、あるいは宿主の気絶に合わせてか、しゅるしゅると小さく解け、梨緒の胎内へと戻っていった。
「……これは、俺一人で四人を抱えて行けと言うことか?」
 やり過ぎたと後悔しつつ、貞彦は小さく溜息を吐き出した。


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