第弐拾壱話『善悪』


 轟。
 そんな音を立て、物凄い勢いで玄関の扉が開くのを貞彦は寸前で回避する。
 その速度は既に奇襲の域にすら達していた。
 追撃がないことに上昇した心拍数が元の調子を取り戻していく。
 開いた扉から顔を出したのは、ある意味予想通りにウズメだった。
「サダヒコ! 無事?」
「今の一瞬が一番危険だったんだが」
 吐き出すようにして告げる貞彦。
「そっか。無事かぁ。よかった。伝心が途切れたからどうしたものかと思ってさ」
「確かに危なかったのは事実だが」
 そう言って、肩に乗せた美樹を見遣る。意識を失って脱力しているが、術式を使っているからというだけではなくほとんど重さを感じない。
 あれだけの戦闘力を持った存在とは思えないほどの華奢さに驚きつつも貞彦は家の中へと入る。
「皐月のおかげで助かった」
 言うと、皐月は誇らしげに笑みを浮かべる。親友を貶めたのだというのにその笑顔はどうなんだ、と問おうとして、やめる。
 全ては彼女の覚悟の上。貞彦の享楽のために親友との絆すらも捨てた覚悟の。
 それをわかっているから貞彦は何も言わない。ただ、苦笑する。やはり皐月は変わっていないのだとそう思って。
「お帰りなさいませ」
「あぁ」
 居間へと上がり、待ち構えていた彩乃に肩上で気を失う美樹の身体を預けた。
 そこで視界の中に入ったもう一つの人影に貞彦は声を掛ける。
「……おい、梨緒」
「え? あ、お帰りなさい」
「挨拶をしろと言ってるわけじゃない」
 そんなことよりもよほど重要なことだ。
「何故、言わなかった?」
 問いに、梨緒は答えない。さも不思議そうな表情で首をかしげるだけ。
「えっと……何を?」
「何をじゃない。とぼけるな。美樹が術士であることを、だ。怒っちゃいないから正直に言え」
「その口調、完全に怒ってるよサダヒコ」
「明らかにプレッシャー放ってるよね」
「……お前らは」
 悪態をつく貞彦に、しかしそれでも梨緒は事態を呑みこめない様子で眉を潜める。 
「どういうことなのかよくわからないんですけど」
「まさかお前は、姉である美樹が術士であったことを知らなかったと? 家族に隠したままあれだけの力を手に入れられるものではないだろう」
 詰問するような貞彦の言葉に梨緒は首を振り、
「いえ、それは知ってましたけど……もしかして、知らなかったんですか?」
「知るわけがないだろうが」
「え?」
 驚きの声を上げたのは話に加わっていなかった彩乃だった。
「知らなかったので? 彼女が術士であると」
「だからそうだと言ってるだろう」
「……てっきり知ってたから私とかお姉ちゃんのことを狙ったんだと」
「私も。そう思ってました」
 沈黙。
「要するにひっくんの勘違いってこと?」
「冷静になって考えれば何も知らない人間が術式生成生物なんて見たらもっとリアクションあるよねー。気付かないサダヒコが悪いでしょ常考」
「……お前らは」
 二度目となる悪態とともに溜息を吐き出し、貞彦はようやく理解する。
「あ、でも霞お姉ちゃんのところは瀞と葉河には知られないようにやってるって言ってましたよ」
「蒼海霞が術士だということまで知っていたのかお前」
「え、あぁ、はい」
「……もういい。何を言っても俺が悪いことにされるんだろう」
「そんなことよりも瀞と葉河ってのは?」
「俺の発言はそんなこと扱いか」
「過ぎたことを気にしたってねぇ。むしろ大切なのはこれから先の話でしょ」
 苦笑し、息を吐く。
 確かにその通りだと口には出さずに頷いて、
「瀞は霞お姉ちゃんの弟。葉河は、なんなんだろ? その兄弟、みたいな感じ」
「そんなことはそれこそどうでもいい。それよりもウズメ、逃げられたと言ったがそれはマズいだろう」
「ん? 何で?」
「彼女を経由して千堂家、あるいは寒凪家へと話が通った場合、危険だろう」
 術士の名家と呼ばれる家系の人間が大挙して押し寄せてくればどうなるか。
 一人でさえも手こずる状況だ。彩乃とウズメを頭数に数えたところで四人五人、あるいはそれ以上の術士が相手では対処できるわけもない。
「ん? あぁ、それは大丈夫だよ。彼女はそんなことしない」
「なんだその根拠のない自信は」
「根拠はあるよ。彼女はそんなこと言ってたからね。それに何だかんだで私って無双の欠片だよ? 強いよ結構」
「……どうにも強そうには思えんのだがな」
「ご主人様」
 不意な彩乃の言葉に、貞彦は視線を向けた。
 彩乃が示すのは寝転んだ美樹。
「彼女、どうしますの?」
「……そうだな。さて、どうしてやるか」
 笑みを浮かべながら、貞彦は思案に入った。





 目を覚ました美樹は全身に奇妙な束縛を感じた。
 金属質でも繊維質でもない、有機的な粘度を持ったその束縛の原因、そして現在自分が置かれている状況をすぐさま把握する。
 爆発の術式を使うかどうかかすかに迷い、出た答えは否だ。見たところ場所自体は一般の家屋。下手をすれば倒壊させてしまう可能性もある。
 この状況下にあって、監禁場所の倒壊の恐れにまで気を遣うのは、人によっては甘すぎるというものなのだろうが。
「はぁ……」
 決断の出来ぬ自分の甘さに辟易しつつ、第二の奇妙な感覚を確かめるために自身の身体を確認する。
「げ」
 それは、思わずそんな声が出るほどの奇怪な衣装だった。
 形状からすればそれは水着というべきものだろう。だが、それ自体はスリングショットやハイレグなどといった特別奇妙な形をしているわけではない。ごく普通のものだ。
 では何故、美樹は思わず呻いたのか。
 理由は一目瞭然だ。
 その水着には、色がなかった。
 着衣感はある。そして水着を縁取る紐の部分は普通の水着と同様だ。
 問題は布地。まるで塩化ビニルか何かでも使っているかのように無色透明なそれは、身体の要所どころかどこも隠してくれてはいない。
「目が覚めたか……全く、毎回芸がなくて悪いが」
 ドアが開き、その先から貞彦が姿を現した。
「いや、別にそういうの求めてないから。悪いと思うなら放してくれた方がいいんだけど?」
「無理な相談だ」
 言い捨てる貞彦に、美樹は当然か、と息を吐く。
「でも、驚いた」
「何?」
 羞恥よりも先に驚きが来たのは、美樹自身にとっても驚きだった。貞彦にこういった趣味があるとはよもや思いもしなかった、と。
 貞彦のことをよくは知らないのだからそんなことは当然か、と美樹は思う。知っているのは貞彦と皐月が幼馴染だということ。そして、かつてそれを変えてしまう決定的な事件なにかがあったということだけだ。
「いや、君にこんな趣味があるなんてね」
「……あぁ、その水着のことか。残念ながらそれを選んだのは俺じゃない。他人のことを言えたものではないが、品がないとは思う」
「はーい、選んだの私ー!」
 続いて、場違いに明るい声とともに出てきたのは、美樹にとって至極見覚えのある少女。
「梨緒っ?」
「二日ぶり、だっけお姉ちゃん。大丈夫、よく似合ってるよ」
 見覚えのある、どころの話ではない、はずだ。何せ姉妹だ。梨緒が生まれてからずっと、同じ屋根の下に暮らしてきたのだから。
 そのはずなのに。
 今、目にしている少女は美樹の知る千堂梨緒とはどこか違う気がした。何が違う? そう、淫靡さだ。
 わずか数日の間に、何があったのかは今更問うまでもない。
 ただ美樹は、そんな梨緒を見て、
「そっか……」
 笑みを浮かべた。
 それは安堵の笑み。
 あるいは、梨緒が苦しんでいるのではないかと、美樹はそう思っていた。だが現実はどうか。梨緒は笑顔だ。不幸に縛られた人間は、あんな笑顔を見せはしない。
 美樹は理解する。屋上で、貞彦が言った、喩え話のことを。
 正義とは何か。悪とは何か。
 そこに答えは、ない。
 いや、あるのかもしれない。だがそれはどの立場に主観をおくかによって変わってくる。
 誰にとっても正義たる存在はいない。逆に、誰にとっても悪である存在もまた、いない。
 貞彦はそう言いたかったのだろう。
 美樹は感じていた。貞彦に憑いたナニカの力を。美樹はそれを悪と判じた。だがそれは正しいのだろうか。
 梨緒が今、笑ってそこにいるように。貞彦の視点から見ればそれは、悪たる存在ではないのかもしれない。
 その思考が、先程霞が告げた言葉と近しいのはただの偶然か、あるいは血脈か。
「でも」
 絶対的な正義がいなくても。絶対的な悪がおらずとも。だからこそ、善悪とは主観的なものだ。似てはいても、他人と同じにはなりえない。
 それは、貞彦と美樹の善悪感が一致しないということを意味している。
 人は、本質的には自分勝手なものだ。そう言っていたのは誰だったか。
 確かにそうだと美樹は思う。
 誰かを助けるという行動は、それは誰かを助けたいという自分の願いのための行動だ。
 他人のために、そんな言葉は偽善であり自己欺瞞だ、と。
 だから、と、美樹は決心を新たにする。
「私は、君の目を覚まさせる」
「さっきもそんなことを言っていたが、別に俺は寝惚けてこんなことをしているわけじゃない」
「なら聞くよ、なんでこんなことを?」
「わざわざお前に言う必要はない、と切り捨ててもいいが、答えておこう。これはゲームだ。欲望の箱庭を作り上げるという目的を持った、な」
 そう、と美樹は頷く。
「もう一つ聞かせて。君に憑いてるそれは、何? 何で君はそんなことをはじめたの?」
 生まれた予想を確信にするため、美樹は問う。
「悦楽の欠片。その意味くらいは知ってるだろう? それと出会ったからだ。生産性のない不毛な、平坦な日常に飽いていたがために」
 予想のままの言葉。素人にあれだけの力を与えられるのは無双か、あるいは憑巫よりまし辺りの存在であるのは必然。
 その上で欲望の箱庭という言葉。それが意味するのは悦楽の無双の干渉ということだ。
「さて、はじめるか」
「……」
「どうした、梨緒」
「いや、この胸って何が詰まってるのかなぁ、とか。何食べたらこんなに大きくなるのかなぁって」
 憎々しげにそう言いながら、梨緒は美樹の双丘へと手を伸ばす。触れられただけで、貫くように身体を走ったその感覚に美樹は息を呑む。
「何が詰まっているかと端的に言えば脂質だが。何を食べたらも何もないだろうが」
「いつも、同じもの、食べてるでしょ……っ」
 梨緒の手が動き出す。撫でまわすような動きやもみしだく動き、ややたどたどしい動きはしかし、充分な刺激となって美樹の神経を襲う。
 歯を食い縛りつつ、気丈に告げるが浮かぶのは疑問。
「じゃあ何だろう? 遺伝……?」
「……ツッコまんぞ。絶対に」
 梨緒の言葉に貞彦は半眼で呆れの言葉を発する。
「何をしたの?」
「何を、だと?」
「私の身体に何かしたでしょう?」
「そんな覚えはない。どういうことだ?」
 貞彦が嘘をついているようには見えない。まさか自分はそれほどまでに淫らな肉体の持ち主だったのかと一瞬思い、否定。
「んー。あ、多分……この家に充溢する淫気、とでもいうべき術式の残り香にあてられたんじゃない?」
 ドアの外から聞こえてくる答えが疑問を氷解させるが、それは美樹にとって嬉しい答えではなかった。
 状況から考えても大いにありえる答えではある。だが、だとするとタチが悪い。
 つまりは美樹は、直接的にはまだ術式を使われてはいないのだ。
 美樹は知っている。無双という存在を、欠片という存在を。だからこそわかる。現状でこんな有様では、悦楽の無双の系譜に歯が立つわけもないのだと。
 そう考える間にも断続的に続く乳房への刺激が美樹の思考を邪魔する。
「……ふぅ」
 畳へと座り込み、居住まいを正した貞彦が口を開く。
「ルールを確認しておこう」
「ルール?」
「そう、言っただろう、これはゲームだと。ゲームにはルールがある。ルールがあるからこそゲームになりうる」
 思考を邪魔する忌々しい妹を恨めしく思いつつ、美樹は一瞬で思考をまとめる。
「……ゲームってことは、私にも勝利条件があるってことね?」
 悦楽の無双が約定を好むというのは、よく知られていることだ。そしてその約錠は必ずといっていいほどに守られる、とも。
 その理由は今、貞彦が告げたとおりなのだろう。ルールがあるからこそゲームになる。
「ッ……」
 妹を睨みつけてやると、その動きが緩む。それでも充分に甘い刺激が与えられるがさっきよりはマシだ。
 兎角、悦楽の系譜に連なる者は楽しむためにゲームをする。そしてゲームをゲームとするために約錠を立てる。
 負けた相手を逃がさないということを前提にした、絶対の自信があってはじめて成り立つ完全な上からの目線での相対。
「ルールは?」
「事態の把握が早いようで助かる。単純だ。お前が負けを認めたら俺の勝ち。逆ならばお前の勝ちだ」
 敗北など考えられてはいないのだろう。でも、だとしても。
 抗ってやろう。
 美樹の闘争心に火がつく。
「俺が勝ったらお前には俺のモノになってもらう。負けたら解放した上で俺の出来る限りで言うことを聞いてやる」
 神域とまでいわれる無双に連なる者に、敵うとは元より思ってはいない。
 だが、屈しない。決してだ。
 明確な条件があれば、それは美樹にとって厳しいところだった。
 そもそも、美樹に勝ち目などはそもそもない。
 狙うのは勝ちではなく、負けないこと。
 そしてこのルールであれば、負けないことはそのまま勝ちに繋がる。
「いいね、わかりやすい」
 だから美樹は、
「その勝負、受けた」
 甘美な刺激を意識的に無視して、無理矢理に微笑を浮かべた。





 ゆっくりと、味わうようにして梨緒の指が美樹の豊かな乳房の上を這い、舐め回すのを貞彦は観察する。
 当初は皐月や梨緒を足掛かりにして美樹を堕とそうと考えていたが、思いがけずそういったかたちになった。
 今回、美樹の調教に関わりたいと梨緒自身が言い出したのだ。それを望むというならば、と貞彦もとりあえずはその要求を呑み、現状がある。
 彩乃の時から自分がほとんど、戦闘しかしていないことに気付いて苦笑する。
 それで楽しいのか、と問われれば答えは是だ。つい数日前まで存在すらも知らなかった、魔法のような技術を操り、立ち回る。それだけでも充分な楽しみだ。
 だが、と。貞彦の心の中から問いかけがくる。
 本当か? と。
 お前が今、充実を感じているのは非日常に身を置いているからなのか? と。
 お前が死のうとしていたのは、ただ退屈だったからだけか? 退屈で退屈で、あの時のことを思い出してしまうから嫌だったのではないのか? と。
 語りかける自分自身を振り払うように、貞彦は首を振る。
 梨緒は水着の中にも手を入れ熱心に揉みしだいている。既にはじめてから十分以上経っているが、それほど姉の巨乳が憎いのだろうかと貞彦には理解できない。貞彦自身、ウズメ、皐月、彩乃、そして美樹。まわりにいる女性は梨緒を除いて確かに上等な発達速度ではあると思っているが。特にそれにこだわりを持っているというわけでもない。
 自分の役割はただいることだ。今の貞彦の陣営の中で男性は自分一人。美樹の羞恥を煽るにはその存在が近場に必要だと、そう梨緒に言われたし、一理あると思って見てはいるもののあまりに単調過ぎて既にいささか飽きてきていた。
 こんなこともあろうかと持ってきていた大判の本を貞彦は開く。既に何度か読んだ本ではあるが、持っている本の中では比較的読み返した回数の少ないものだ。
「ちょ……」
 視線を文面に走らせていると、美樹の驚きの声が聞こえてきてそちらへ視線をずらす。
 成程、と美樹の驚きの理由に納得する。梨緒の股間から、グロテスクな触手が飛び出しているのだから。それらはばらけたままでイソギンチャクのそれに近い状態だ。
 ちなみに、今現在美樹を縛っている触手は、梨緒の胎内に寄生する触手の子機のようなものなのだという。そのため親機である本体を胎内に宿す梨緒はそれを自由に操れるのだと、ウズメに説明されていた。
「それ、何よ、梨緒……?」
「いいでしょ? 私の触手。余剰栄養分を吸収する代わりに私の思い通りに動かせるんだよ?」
 余剰栄養分を吸収されていたら尚のこと胸にいく栄養分が減って差が開くんじゃないか、そんなことを思った貞彦だが言わないでおく。
「そ、そういうことじゃなくて!」
「こうやって一本にまとめることもできるよ……ほら、私の触手ペニス」
 うふふ、と淫蕩な笑みを浮かべて梨緒は美樹へと迫る。
 本来ならば地上では活動の出来ないはずの触手を支えるのは干渉力だ。水中では浮力の恩恵を受けられるものの、地上ではそれがない。その代わりとして干渉力によって自身の周りを覆い、地上での活動を可能としているのだ。と、ウズメにもらった本には書かれていた。そんな方向に進化するくらいならばいっそのこと別方向に適応進化した方がいいだろうにとは思うものの、生物の進化とは基本的によくわからないものだから仕方がないと納得する。
 梨緒の触手が美樹の周囲を取り囲み、その長い身体を擦り付ける。媚毒でもある体液が水着姿にまとわりついてテラテラと淫らに反射する。
 当の美樹自身が気丈に歯を食い縛っているので、尚のことその様子がいやらしく見える。
「お姉ちゃんって処女だよね?」
「……」
「別に答えないなら答えないでいいよ。どうせ処女だもんね。ご主人様ー」
「なんだ」
「お姉ちゃんの処女いりません?」
「まるで夕食の余り物を翌日の弁当に使わないかとでも聞くかのような気楽な問いかけだな」
「いや、折角なんで聞いておこうかと。膜自体は治せるとしても初モノは一回だけですよ」
「……コイツは昔からこうなのか? それとも俺が悪いのか?」
「……残念だけど昔からこういう性格よ」
 美樹に問うと、堪えるような表情のままに答えを返してくる。
 律儀だな、と思いつつ貞彦は息を吐く。
「まぁいい。折角だからというのならばもらっておこう。無論、本人の承諾は求めていない」
「だろうと思ったよ」
 貞彦は笑い、
「頂こう」
 告げて、貞彦はいきなり美樹の唇を奪った。
 んっ、という美樹の声が聞こえるが、無視。
 舌を送り込み、その口内を蹂躙する。美樹の方からの応じはないが、それは当然のことだ。
 しばしその唾液を堪能してから美樹を離した。
「……甘いな。悪くない」
「……っ」
 流石に腹に据えかねたのか、美樹の口は開閉を繰り返し、顔はニホンザルもかくやといったほどに真っ赤だ。
「さて、下の方も頂こう」
 言うと、梨緒の触手が扉をあける従者のように、美樹の秘部を隠してはいない水着を横へとずらす。
 原因は淫気か、それとも梨緒の愛撫か、はたまた媚毒か。美樹の秘所は既に若干の湿り気を帯びていた。
 自らも下半身を覆う服を脱ぎ捨てる。梨緒の愛撫は変わらずに続いていた。
 美樹と目が合う。
 その表情から読み取れる感情に、恐怖はない。嫌悪もない。
 あるのは、そう、羞恥。被凌辱者の表情とは思えない。何故今になって、そう思いつつも貞彦は自らの肉棒を美樹の秘部へとあてがい、貫く。
 媚肉を押しのけ突き進んだ場所にあるのは純潔の証。
 それを躊躇なく、破る。
「ぅっ……」
 声は一瞬。
 淫気にせよ媚毒にせよ、美樹の身体に少なくない影響を与えているはずだというのにこの反応。
 貞彦は笑みを浮かべて腰の挿抜を開始する。
 奥へと突き込んだ瞬間に一瞬の嬌声。だがそれ以上は決して喘がぬと、そう言わんばかりに頑なに口を閉ざす美樹。
 顔を見れば、決して負けぬとその意思をそのままに表していた。
 いいだろう、と貞彦は笑う。すぐに堕とせる相手とは思っていない。だから、と。
 ピストンを加速する。高い膣圧が貞彦の肉棒に与える快感は小さいものではない。それゆえに。
「いくぞ」
 発した言葉に、美樹はその意味を察したらしい。かすかに眉を潜めるも、すぐさま勝ち気な表情を取り戻す。
 瞬間、美樹の中で白濁した欲望が解き放たれた。





「ねぇ、気持ちいい? お姉ちゃん」
 眠気すらも感じてきた貞彦とは反対に、梨緒は先程以上にテンションを上げて美樹を攻め続けていた。
 貞彦が風呂を上がって戻ってきたときなど、注ぎ込まれた精液を美味しそうに舐めとっていた。
「自分の身体を好き勝手に弄られて気持ちのいいものなわけないでしょ」
「またまたぁ、お姉ちゃんの身体はちゃんと感じてるよ?」
 姉相手だからなのだろうか、容赦がない。
「それは生理現象」
 気丈だと、貞彦は思う。
 歯を食い縛、り嬌声を上げるのを堪えてはいるものの、美樹は揺らいでいない。
 皐月と同じだ。あるいは、それ以上かもしれない。
 皐月はウズメに屈服しなかった。しかし、快楽に呑まれていたのは事実だ。
 だが梨緒はそれすらもない。攻め手の練度の違いももちろんあるのだろうがやはり美樹の我慢強さが要因だろう。
 堪えているような表情こそ見せるものの、話しかければいつも通りの口調で返してくるだけの余裕がまだある。
 その彼女が屈服するのはどんな時だろうか。
 面白い、と。そう思って貞彦は読みかけの本に視線を戻した。


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