機械的にキータッチを続けながら、仁司の頭の中は先程の出来事のことでいっぱいだった。
 思わず視線が恵の方へと向かい、目が合う。
 恵は優しげな笑みを浮かべて小さく会釈をするが、それが偽りの姿であることを仁司はもう知ってしまった。
 だからもう、その笑顔に騙されることはない。
 怒りと憎しみと、この上ない愉悦の予感だけが仁司の思考を満たしていた。
 本来あるべき疑問や躊躇い、気後れなどは一切存在しない。
 使命感と欲望。その二つが今の仁司の中にある全てと言っても過言ではないほどに。
 上司に申し付けられた仕事を、いつもの一・五倍ものペースで済ませていく。
 ただただ早く、恵を罰し、そして支配したいという純粋な欲望が、仁司の限界を底上げしていた。
 上司の方も、あまりに能率よく仕事を進める仁司に驚いた様子を見せながらも、精を出すことに不服があろうはずもなく、何を言われることもなかった。
 そのまま、仕事に熱中すること数時間。退社時間となるや否や、仁司は残業を押し付けられる暇もなくそそくさと退社した。
 もし翌日に何かを言われても知ったことか。
 だがその甲斐もあって、恵よりも早く退社することができた。
 彼女の帰宅ルートは随分と昔に調べておいた。彼女が一人の時に後を尾けて家まで行ったことも一度や二度ではない。
 それは完膚なきまでにストーカー行為ではあるものの、それに対する罪悪感など仁司は一切持っていなかった。
 それどころか、それこそが自分の正当な権利であると思ってすらいる。
 恵が残業をしたことは、少なくとも仁司の記憶にある限りでは少ない。
 考えたこともなかったが、よく考えてみればあの売女は誰かに押し付ける形で残業を避けていた。
 男性社員のアイドルたる彼女に頼まれればそうそう断ることはできない。
「くそっ……」
 今まで騙されていたということに対して怒りを覚えながらも、仁司は同時に喜びを感じていた。
 そんな生意気な彼女を、これから自分好みの牝へと調教するのだから興奮しないはずもない。
 恵の家は、バスで三十分程度と会社から程近い場所にあるマンションである。
 オートロックなどのセキュリティも万全で、一度入られてしまえば侵入は難しい。
 幸い、マンションに至るまでの道の中には人通りの少ない場所もあり、仁司はそこで恵を待ち伏せることを決めた。
 全速力で恵の自宅前へと到着した仁司に遅れること約三十分。
 これから起こる事など想像だにしていないであろう恵が現れた。
 それを確認すると、仁司は走り出す。
 足音を殺し、しかし全速力で。
 最盛期の彼ですら無理だったであろう速さで恵の背後へと近付くと、彼女も何かの気配を感じ取ったのか、後ろを振り返る。
 だが、仁司の行動は素早かった。
 恵を容赦なくコンクリート壁に押しやると、唐突な出来事に何が起きたのか事態を把握できていないであろう恵の頚動脈を押さえる。
 的確な位置を押さえると、数秒で彼女の身体は力を失った。
 だらりとした彼女の身体を背負い、仁司は彼女のポケットを探る。このすぐ下に彼女の生肌があるのだと思うとこの場で今すぐにでも事に及んでしまいたい気持ちに囚われるも、思い直す。目当てのもの――彼女の部屋の鍵はすぐに見つかった。
 だらりとした恵の身体を背負い、彼女のマンションへと向かう。
 まるで飲み潰れた彼女を家まで送ってきたかのような演技をしながら、仁司は何食わぬ顔で彼女の部屋へと侵入を果たした。
 彼女をベッドに寝かせると、仕事中にトイレに行くと言って用意しておいた小瓶を取り出した。
 小瓶の中身は当然、魔女にもらった薬液だ。
 魔女にもらった薬の袋には、薬瓶だけではなく一枚の紙も入っていた。そこに記載されていたのはこの薬の使用方法だ。
 Ep03、そう記されたこの薬品は、この記載を信じるのであれば魔女の告げた通りの代物である。
 驚くべきはその効果で、経口、血管など投薬経路には制限がなく、摂取直後から効果を発揮するのだという。
 普通の薬であればそんなことはありえない。
 どこのSF作品から飛び出してきたのかといつもの仁司であれば言いたくなるところではあったが、更に驚くべきはその用法。
 摂取直後に交合――即ちセックスをした相手の心を思うがままに操ることができるのだということだ。
 どういった作用でそのような結果を生み出すのかなど、専門家ではない仁司には見当もつかないが、それがマトモなものではないことはわかっていた。
 人の心を思いのままに操る薬――洗脳薬というべきそれは、少なくとも医療用には用途がない。使うとすれば軍事用か何かだろう。
 だとすれば、何故この国で、そもそも彼女は何なのか。様々な疑問は尽きない。しかし、その上で仁司は魔女に、この薬に無条件の信頼を置いていた。
 何よりも、仁司にとって大切なのは、今すぐに恵を手に入れることであって、もし仮に全てが嘘であったとしても構わなかった。
 その結果としてレイプ犯として逮捕される羽目になったとしても、後悔はなかっただろう。
 最早、抑えることも出来なくなり、仁司は服を脱ぐ。いつもであればすぐに済むはずの脱衣も、焦りのあまり上手く進まない。
 どうにかこうにか服を脱ぎ終えた仁司は、恵の衣類箪笥を見つけると、その中から丈夫そうな物を選び、彼女の手足を縛りつけた。
「おっと、服を脱がせるのを忘れてた」
 とはいえ、固く結んだ手足の枷を解くのは骨だ。そう思った仁司はハサミを見つけ出し、彼女の衣服を裁断していく。
 全裸よりもいやらしい格好となった恵を見て、既に天を穿つかのように屹立した仁司の肉棒がどくんと脈打つ。
 最後に済ますべきとして、恵の口を開けさせ、小瓶の中のEp03を恵の口内へと流し込んでいく。
 無意識の内に彼女が嚥下したのを見て、仁司の屹立はもう暴発寸前だった。
「はぁ、はぁ……」
 まだか、まだかと彼女の意識の覚醒を待つこと数分。
 体質によるものなのか、それともEp03の効果なのか、仁司が思っていたよりも早く、恵は目を覚ました。





「え、何、これ……って、イヤ、なんでアンタがここにいんのよ! さっさと消えろ、死ね! イヤ、イヤ!」
 目を覚ましてすぐさま状況を理解した恵は、あまりの嫌悪感に思い浮かぶ罵声を浴びせかける。
「誰か、誰か助けて! 犯される!」
 だが、どれだけ大声を上げても誰一人として助けに来ることはない。
 このマンションは防音設備も完璧だからだ。たとえ隣の部屋で爆発事件が起きたところで気付くことはないという触れ込みがあるほどに。
 そのために防犯設備も備えているのだろうが、こうして仁司が侵入できてしまっている以上、改善の余地があるだろう。
「酷いなぁ恵ちゃん。いつもは笑いかけてくれるのに、裏では僕の悪口を言ってるなんて……そんな悪い子にはおしおきと教育が必要だよね」
「キモっ! 近付かないでよ吐き気がする! アンタのことなんて誰だってキモいって思ってるのよ! 表面だけでも愛想良くしてやってるだけ感謝しなさいよ!」
「本当に口が悪いなぁ恵ちゃんは。でも、僕のアイドルはそんな口が悪くちゃいけないな」
 狂人の鳥肌がたつような発言とその格好に恵は言葉通り吐き気を催しながら、同時に恐怖を抱いていた。
 これまで、男は道具のようなものと思っていた恵だ。まして仁司などは都合の良いときに都合の良いように使う消耗品。そんな男がまさか、このような行動に出るとは思っていなかったからだ。
「大丈夫だよ恵ちゃん、すぐに僕のことが好きで好きでたまらなくなるよ」
 奇しくも恵の状況は、仁司のかつてのそれに近かった。
 誰からも愛情を集めて育ち、人からの悪意を受けたことなく生きてきたという意味では。
 しかし、仁司の過去など恵が知るはずもないし、もし知っていたとしてもこの状況でそんなものは関係なかった。
 怖い、ただ、怖い。
 そう思っていると、仁司がいきり立った逸物を恵の秘裂へとあてがって来る。だが、経験のない仁司は恵の抵抗もあって上手く挿れることができない。
 だからといって恵が逃げられるわけでもなく、挿入の恐怖に晒される時間を味わうだけ。
 しばらくして、ようやくと言わんばかりに仁司の逸物が恵の中へと侵入を果たす。
「はぁ、はぁ……これが恵ちゃんの中かぁ、気持ちいいよ。それにいやらしい水もいっぱい出てるし、嬉しいなぁ」
 数え切れないほどに男を漁ってきた恵の秘裂は望まぬ挿入にもかかわらず、淫蜜で潤っていた。
 愉悦たっぷりの表情のまま、卑猥な発言と共に腰を打ち付ける仁司。
 快感などなく、あるのは嫌悪と恐怖だけ。
 思考が停止する中、不意に膣内で逸物が一際大きく脈動するのを感じ取る。
「イクよ、恵ちゃん、恵ちゃんの中に!」
 恐怖。
「イヤ、イヤァァァ!」
 願いは聞き届けられることなく、大量の白濁液が恵の淫裂へと流し込まれる。
 その瞬間に、何かが変わった。
 何が、と言葉に表すことができるものではない。
 あまりに唐突な、あまりに大きな、そしてあまりに異質な感覚。
 思考が真っ白になる。
 まるで絶頂感をずっと味わっているかのような幸福感すらある。
「……もう大丈夫かな? 恵ちゃん、聞こえてる?」
「はい、聞こえてます」
 質問に答えなければと、ほとんど無意識の内に恵は答えていた。
 自意識とは関係のないところで行われる対応に、しかし恵は最早、恐怖を覚えることもない。
「恵ちゃん、君は僕のことを気持ち悪いとか、嫌いだとか言っていたよね?」
「はい」
「でもね、それは間違いだ。本当は全然違う。本当は君は僕のことが大好きなんだ。何を捨てても良いと思うほどに。わかった? わかったら言ってみて」
「私は、小野村仁司のことが、大好きです。何を捨ててもいいほどに、大好きです」
 機械の応答のように恵は感情なく応える。
 それを見た仁司は満足げに笑みを浮かべた。
「僕の言うことは絶対だ。僕が死ねと言ったら死ぬし、街中でオナニーをしろと言ったらする。君は僕の奴隷、そう、牝奴隷だ。今まで僕を騙していたことの償いとして、君は僕の牝奴隷となるんだ。僕に抱かれた時は何よりも快感を感じる。いいね?」
「私は小野村仁司が死ねと言ったら死にます。街中でオナニーをしろと言ったらします。私は、今まで小野村仁司を騙していたことへの償いとして、小野村仁司の牝奴隷となります。小野村仁司に抱かれた時は、何よりも快感を感じます」
「いいねいいね。でも小野村仁司って呼びつけは嫌だな……そうだ、こういう時は……恵、これから僕のことはご主人様って呼ぶんだ。いいね?」
「はい、ご主人様」
「えっと……刷り込みが終わったら……イカせる、んだったな」
 思い出したかのように呟いて、仁司は挿抜を再開する。
 Ep03での、何よりも快感を感じるという刷り込みによって、それまで感じたことのない快感を得た恵はすぐに絶頂を迎えた。
 白かった意識が、少しずつ覚醒していく。
 蘇ってくる嫌悪と恐怖の感覚。だが、それも僅かな間のものだ。すぐにEp03の効果が発揮され、恵の思考を書き換えていく。
「もう良いかな」
 そう言うと、仁司は肉棒を抜いて、部屋を出て行った。
 今のうちに逃げよう、そう思っても両手両足を縛られていては何も出来はしない。
 少しして、仁司は戻ってくる。
「忘れてた、そういえばハサミはここに置いたままだった」
 ハサミを手にとり、恵を拘束する服を切断していく。
 拘束を解かれた恵は立ち上がり、周囲を見回す。
 今ならば逃げられる、そう理解しながらも、恵は動けずにいた。正確には、動こうと思うことが、逃げようという意思が失われていた。
「じゃあ恵ちゃん。今度は君の方から僕のを挿れるんだ」
 恵の代わりにベッドの上に寝転んだ仁司がそう告げる。
「はい。ご主人様」
 その命令に対して、恵は最高の笑みを浮かべて頷く。
 自分の意思の外に動く体に驚愕しながらも、それ以上に自分の中の変化に恐れを抱く。
 変わっていく。自分という存在が、自分という意思が歪められていく。
 嫌悪は悦びに、恐怖は盲従へと変わっていく。
 自分が狂っていくことを恵は確かに自覚していた。その上で、それで構わないと彼女は思う。
 それどころか、心の底から湧き上がる愉悦を確かに感じていた。
 それは壊れゆくものを見て得る爽快感によく似ていた。あるいは、恵の心は比喩ではなく、壊れていたのかもしれないが。
 主人の命令に従って、自ら腰を下ろす。恵の淫裂は洪水のように愛液を滴らせ、主人の屹立を咥えこんで行く。
 最高の悦楽に、恵はそれだけで絶頂を迎え、それを見た仁司は支配の喜びに打ち震える。
 悦楽の宴は、仁司が満足するまで延々と続けられた。


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